金色アンダンテ

弥生なぬか

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4 金色の宝物

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カランカラン
カウンターの奥のマスターが優しく微笑み、またサイホンを磨き出した。
中に一歩入ると薄い照明にJAZZが耳に優しい。ひと昔前は紫煙をくゆらせる紳士ががさらに雰囲気をつくっていたが、分煙やら禁煙やらで愛煙家は追いやられてしまったようだ。煙草をやらない者としては有り難いのだけど、禁煙が推し進められる一方的な潮流に息苦しさを感じることもある。
今時はあまり見なくなったけど純喫茶はやはりいい。そもそも昭和レトロの価値は物を大切に使った年月にあると思っている。純喫茶の至る所から年月への敬意が伝わる。ドアノブは塗装が剥がれて所々に真鍮がみえているが綺麗に拭きこまれ、使い込まれ飴色の風合いの増したテーブルは光沢さえ感じられる。何度も張り替えているだろう廟で留められた合皮の座面は、まだへたっていない。
薦められた奥のカウンターに腰掛け、ブレンドを頼む。ドリップで入れられた珈琲は澄んだ琥珀色で、苦味のあとに酸味が立ち上がるフルーティなものだった。時間をかけて入れてもらった一杯の珈琲はやはり至福。

マスターは金髪のロックな青年に珈琲を提供しにカウンターを出て行った。ふと見たことのある金色のブリキ缶に気づいた。マスターの背後にあったため、今までは体で遮られ気がつかなかったわけだが。
レーマンのブリキ缶。
「マスターその缶、雰囲気ありますよね。」
マスターがカウンターに戻ってくると声をかけた。
「いやぁ。丁度今日妻がそれとおんなじ缶を実家に取りに行ってるんです。妻の大切な写真を入れているんですって。ちなみにマスターは何を入れてるんですか?」
「私ですか?大したものじゃありません。息子からもらった時計ですよ。」
「えっ。時計なら付けたらいいじゃないですかあ。」
「はい。そうなんですけどね。どうにも派手で‥。こんな店やってるからって、アンティークの金色の時計ですよ。まぁ。気持ちが嬉しくて。店に飾っておくものでもないし、お客さんがいない時に時々出して眺めてるんですよ。」
「マスター。大したものじゃなくないじゃないですかぁ。息子さんからのプレゼントなんて宝物じゃないですかぁ。派手でもいいじゃないですかぁ。付けてあげてください。きっと息子さんも喜びますよ。」
白ベースに取っ手と飲み口が金色に縁取られたカップを両手で持ち上げてすすった少し冷めた珈琲からは、ほんのり甘味が隠れているように感じた。
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