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知りたい猫はその扉を開ける③
しおりを挟むふっと意識が浮上する。
目を開けて最初に見つけたのは、ヴィユの頭を膝の上に乗せ休ませてくれた先輩の顔だった。
ナディルから膝枕をしてもらう幸福を夢見た人間もいただろう。
迷惑をかけたことを謝ってから起き上がると、ナディルは目を細めて語りかけてくる。
「ゆっくり寝ていても大丈夫よ。可愛いお耳を眺めさせてくれたんだから、こっちがお礼を言わなきゃね」
普段は整えて自室を出るが、ヴィユの髪は癖が残りやすく、起床時は芸術的にはねてしまう。
あわてて、耳周りや顔近くの髪を手ぐしで流すとラザリオが歯を見せてにやりと笑った。
「髪より、口の周りを気にしたらどうだ? よだれのあとついてるぞ」
「!」
共に過ごした時間も長く、情けないところやダメなところを知られているこの二人の前では気が抜けてしまいがちだ。
けれど、意中の相手の前で自然体でいられるほど図太くはなれない。
抱き合う時の無意識のアレコレならともかく、共に朝を迎えた恋人がボサボサのヨレヨレでは百年の恋も覚めてしまう。
若くて可愛い子なら、愛嬌の良さで帳消しになるのだろうが、自己管理による清潔感で野暮ったさを隠しているヴィユの寝起き姿は見せられたものではない。
世の中の恋人たちは、盛り上がった翌日をどう乗り越えているのか不思議だった。
思い浮かんだ疑問をそのまま口にすると面倒見の良い酒飲み二人は、それぞれの見解を披露してくれる。
「安心してくれてんだなぁって、俺としては逆にうれしくなるよ。いつもキリッとしてる子のギャップとかいいじゃん」
誰かの目がここになくても、ノリノリで決めポーズを作るラザリオの陽気さは見ていて和む。
「私もラズくんと同意見かな。その人のいろいろな顔や誰も知らない乱れた姿を見られるのって、気を許してもらえてるひとだけの特権だもの!」
ラザリオは容赦ないので、親友のあごを指でつまんで説教を始めた。
「寝起きで幻滅されるのを心配する前の段階だろ? お前の場合。どうせ若返った今なら、ルーラントさんも楽しめるだろとか的外れなこと考えてそうだしな」
「……別に、そんなこと」
「考えてたみたいだな」
ズバズバと指摘されて、ヴィユは言い返す言葉を封じられた。
「典型的な考えすぎのお姫さまタイプなのよね。決戦の日が来ても色々迷ってるうちに、具合悪いと誤解されて日を改めましょうって言われそう……」
ありそうな未来を予測するナディルの瞳はいつもと変わらない。
「やだ、今のはただの一般的なアドバイスよ。君の未来を視ちゃったわけじゃないわ」
彼女の瞳は誰も知らない少し先の未来を映し出す。
『見えるのが幸せな光景ばかりならいいのだけど……』
さみしそうにつぶやいていたナディルは、まだ知らなくてもいい未来を人より早く知ってしまう。
『誰にも言えない秘密を抱えなきゃならない時もあったわ。なんでこんな力が私にあるんだろうって辛くなったこともある。でも、私に見えるのは少し先のことだけ。ちょっとの間だけ知らないフリをしてればいいんだって気づいたの』
ヴィユとラザリオよりナディルはひとつ年上で、教職経験も長い。
飲み仲間であり、相談相手でもある彼女の前ではヴィユも教えを乞う側となる。
「……ルウェリンの親戚ということを最大限利用させてもらうつもりでした。似ていることも血縁も手札として使えるって安易に考えてたんです」
「恋人同士だって、お互いに秘密や打算くらいあって当然だわ。学生時代の気持ちだけがすべてだった頃とは違うもの」
「学園長からパートナー候補を紹介された時、本当はムカついてました。俺はあなたみたいな人が理想なのにって」
「あら、今夜はやけに素直なのね」
「会ってみたら、ルウェリンによく似てるし、いい人だったし、これも何かの縁だなって思ってしまいました」
「でも、迷ってるんでしょ?」
「俺は、生徒に正しい道を示さなきゃいけないんです」
「何が正しかったかなんて、ずーっと未来でないとわからないわ」
「可能性の芽をつぶすことは確かでしょう?」
ナディルは空気をふるわせて優美に微笑む。
「君といることで花が開くかもしれないじゃない。幸福の実がつくかもしれないわ」
「卒業するまで待てなんて、お互いを縛るだけです。向こうに期待を持たせることはしたくありません」
はあと困ったように息を吐いて、ナディルはラザリオを頼った。
「頑固だわ、この子。ラズくん、何とか言ってやってよ!」
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