8 / 30
知りたい猫はその扉を開ける④
しおりを挟む大抵のことなら、無茶振りされても応えることが出来るのがラザリオという男だ。
「さっきの話に戻るぞ。今なら見た目が若いから、向こうもその方が喜ぶって思ってるんなら訂正しとくわ。ヴィユのこと、学生時代から知ってる俺から見ても、お前はそんなに変わってねぇよ。十歳ちょっと違うくらい誤差みたいなもんだろ。制服着てたお前、ソロ討伐してたお前、その時にしか得られない魅力みたいなものは確かにあるけど、ぜんぶひっくるめて今を作ってるって忘れんな!」
言葉ひとつで人を動かすプロである親友は、教師という職種が似合っている。
言いくるめられた生徒を見てきたヴィユでさえ、耳ざわりの良い言葉には揺さぶられた。
「まぁ、俺は一応ハイミアだから、多少は見てくれが良かったりするのかも……。お前は、ほぼ毎日に見てるから目が慣れてきてるっていうのもあるな」
友人目線のぬるい評価でも多少のなぐさめにはなってくれる。
ソロ討伐から退いてからも鍛錬は怠ってないし、有り余る体力は使い切ってしまえるように調整してきた。
面倒な『ゆらぎ熱』がこのまま自分の身に及ばないなら、その方がありがたい。
身体能力の衰えは心配するほど顕著ではなかった。
とは言え、十代の生徒たちほど伸びしろはないし、今の自分は花が落ちたあとの木のようなものだと理解している。
「じゃあヴィユは、俺らより年上のナディル先輩をどう思ってんの? 同い年の俺はどうよ?」
鳥と同じように加齢の変化がほとんどないラピセラのナディルは、常に最高レベルの美しさで人々を魅了する。
特性持ちではない人間のラザリオだって、見た目も中身も円熟した分、今の方が好ましかった。
「お前のこと好きになった人たちは、再生治療のために若返った身体をありがたがるって本気で思ってんの? 好きなやつの生命の危険なんて、ない方がいいに決まってんだろ!」
すんと鼻をすすり始めた親友は、酒が入ると感情表現が上振れする。
言葉巧みで親愛の情も深いラザリオと縁があったことは幸運だった。
「生徒たちがお前にソロ討伐引退を頼みこんだのは、あんな風になってほしくなかったからだろ!」
痛いところを突かれて、ヴィユは押し黙る。
ズビズビと鼻水をすすっていても、不細工にはならない親友が忠告してくる。
「自分の生命を軽く扱うなよ。最後の最後まであきらめずに戦ってる人もいることを忘れんな」
ナディルは二人の会話が一段落したのを見て、ため息をつく。
「ラズくんの言うことはもっともだけど、私はVVくんの恋の後押しをお願いしたの!」
「そーでした。じゃあ、こいつに後から、説教しとくんで!」
ぎゅうと所有物のごとく抱きつかれて、ヴィユは苦しさにうめいた。
「締めすぎ! お前の馬鹿力なんなんだよ。教科担当言語学の腕力じゃないだろ!」
「俺の腕は大好きなやつをぎゅっと抱きしめるために強く育ったから」
「苦しいって!」
いつものように騒ぎ始めた後輩たちにナディルは約束を取り付ける。
「自分の気持ちに向き合うように言い聞かせてね」
「任せてください、ナディル姉さん!」
教師寮への帰り道を薄っぺらい形の月が照らしてくれる。
歩けるくらい調子が戻ったヴィユの隣を歩く親友は、新たに注文した持ち帰り用にした夜食を入れた袋をぶらぶらさせていた。
明日は休みだから、日が変わるまで付き合っても構わないが、酒も食事も自分のペースを守ろうと心に誓う。
ラザリオにとって酒は喉を潤す水であり、1食分の食事は小さな飴玉ひとつに相当する。
建物の外観が見えてきた頃、ヴィユは立っている人物にようやく気づいた。
制服を着ていない彼は、成人していない他の生徒と比べて大人びて見えた。
「おいおい、学生寮の門限はとっくに過ぎてんじゃねぇの?」
「外泊許可はとってあります。明日は休みですから」
ラザリオに答えるルウェリンの表情から緊張感を感じ取る。
「ヴィンバウム先生、ひとつだけ質問に答えてくれませんか?」
否とは言わせない気迫に、ヴィユは圧されたふりをした。
「もし僕が貴方の年に近くて、学園の生徒でもなかったら……」
望む答えに誘導したいのだろうが、そこまで甘くはしてやれない。
「その仮定には意味がないな。君は俺にとって生徒の一人だ」
ルーラントと同じ色の瞳がゆっくり潤む。ハイミアの特性でもある視力の良さをヴィユは放棄したくなった。
「僕と似てる人を選んだのは、先生なりの答えだと受け止めますよ」
そうじゃないと否定しなければならないのに、ラザリオやナディルからの助言が茨のように絡んできて邪魔をした。
「淡い金の髪とブルーの目が好きなだけだ。たまたまお前とあの人がそうだった」
瞬きをして涙の粒をまつ毛にまとわせたルウェリンがはかなげで、傷つけてしまう自分が許せなくなる。
「先生の立場は理解しています。僕に期待を持たせることはしない人だって。妥協が許される時が来るまで、ひとりでいてくれなんて我儘でしかない」
この場に居合わせてしまったラザリオは、星を眺めるふりをして成り行きを見守ってくれる。
「僕の代わりになれる人は誰もいません」
まっすぐに告げるルウェリンを愛しいと思った。こんなにきらめく存在に惹かれない方がどうかしている。
「……そうだろうな。お前にほんの少し似てるだけでも、愛する相手としての資格を満たしてる」
教師としてのヴィユから伝えることができる気持ちはほんのわずかだ。
聞こえないふりをしてやるから、まとまるならまとまってくれ。
ちらっとこちらを見たラザリオの本心は伝わってきたが、そんな利己的なことできるはずがない。
「貴方が猫なら、首輪をつけて閉じ込めておくのにな」
殊勝な様子はどこかに引っ込めて、ルウェリンが強気な物言いを復活させる。
「魔力値の差を考えろ。俺から毛の一本もむしれないくせに」
「叔父上の前では猫かぶってたくせに、なんで僕の前じゃ可愛げがないんです?」
「なんで俺が好意の押し付けをしてくるガキに、優しくしなきゃならないんだよ!」
「言ってくれないだけで、一方的なわけじゃないと思いますけど?」
いきなりもめ始めた二人にラザリオは常識人として声をかける。
「近所迷惑だし、寮から誰か出てきたらマズイからやめてくれ。ったく、ちょっとは小狡いやり口を覚えたかと思ったが、まだまだお子様だねぇ」
「僕は成人してますよ!」
「そういうとこがお子様なんだよ。で、外泊許可とってるってことは、今夜はノヴァクさんの別邸でお世話になるのか?」
ノヴァク家は、ルウェリンの母親にとっての生家である。
学園に通い始めた孫が時折遊びに来てくれるようにという思いだけで、正門から徒歩圏内に立派な別邸を建ててしまった。
月に何度か顔を出す取り決めがあるそうで、彼が外泊許可を申請するのはいつものことだった。
「ルウェリンを送ってやれよ。ついでにノヴァクさんにも挨拶してくればいい」
「付き添いが必要な距離でもないだろ」
「家庭訪問だと思って顔を出してやれよ。孫の普段の様子も聞きたがってるぞ」
断る理由を奪い取ったラザリオは、ぽんぽんとヴィユの肩を叩く。
「送り狼になってきていいぞ」
「なるわけがない。酔いを覚ますための散歩だと思って同行するだけだ」
30
あなたにおすすめの小説
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない
天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。
「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」
――新王から事実上の追放を受けたガイ。
副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。
ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。
その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。
兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。
エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに――
筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。
※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。
騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください
東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。
突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。
貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。
お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。
やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる