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知りたい猫はその扉を開ける⑤
しおりを挟むラザリオの姿が見えなくなるまで黙って隣を歩いていたルウェリンは、通りの角を曲がったところで立ち止まる。
「ここでいいですよ。先生が僕を送り届けた後、ひとりで酔っぱらいを帰らせるのは気がかりです」
年上のルーラントからエスコートされるのは素直に受けとめられた。
十歳以上離れたルウェリンの気遣いを押し戻したくなるのは、年配者としての矜持なのだろう。
「酔いなんて、とっくにさめてるよ。腹ごなしの散歩のついでだから、お前が気にすることじゃない」
「このあたりは比較的落ち着いた区域ですけど、暗いし油断しない方がいいですよ」
時間を競って強敵を仕留めるソロ討伐をしていた男に、そんな言葉をかけてくる人間の方がめずらしい。
担当教科は応用魔法学。
実践的な魔法戦術を生徒たちに指導しているプロが、金品目当ての連中ごときに負けていては立場がない。
「……計画的に貴方をさらおうとするなら、そいつらは手段なんか選びません」
「くたびれたオッサンに目をつけるヤツはいないだろ」
「思い込みにいつか足元をすくわれますよ。先生はご自身の強さを過信しすぎなところがありますし」
特別な間柄になったわけでもないのに、ルウェリンは遠慮なくズバズバと発言する。
ルーラントなら、こちらの気持ちを考えた言い方を選ぶだろう。
年齢を重ねれば、ルウェリンも彼のように思考が丸くなるのかもしれない。
いつのまにか月は、流れていく雲に隠れされてしまう。
ぽつりと頬に雨が落ちてきて、本格的に降りはじめるまで間がなかった。
雨を避ける場所もなく、頭から水をかけられたようにふたりともびしょ濡れになる。
この場所からなら教員寮が近いが、自室に生徒を招く場合、正当な理由と許可書だけでなく、学園が指定する立会人が必要となる。
過去に何件か不祥事があったらしく、対策として面倒なルールがいくつか加わったのだ。
ノヴァク家には元々立ち寄る予定だったこともあって、着替えと拭くものを貸しますと言うルウェリンの申し出にうなずくしかなかった。
「部屋なら空いてますし、泊まっていきませんか? 朝まで雨は続くみたいですよ」
精度の高い天候晶を置いてなくても、最近では手軽なメッセージツールで天気を知ることができる。
視認できる小さなサイズで展開される多機能通信機構は、ヴィユが学生のころにはなかったものだ。
どこにでも任意の形で画像展開が可能な魔法システムは便利すぎて瞬く間に広まった。
「使用人は帰らせたので、ゆっくりできると思いますよ。浴槽にお湯をためてきましょうか?」
「いやいい。それよりノヴァクさんは、もう自室で休んでいるのか?」
先ほどから、人の気配はまったくない。
住み込みでないなら、使用人は残っていない時間帯だろうが、ルウェリンの祖父がどこかにいるはずだ。
「この別邸に祖父が訪れるのは年に数度です。学生をしている間、なかなか会えなくなると伝えたら、寮生活の息抜きにもなるだろうとここを買ってくれました」
明かされた事実にヴィユは固まった。
「じゃあ、今はふたりきりってことか?」
「目撃者はいないんです。今夜のことは何の問題にもなりませんよ。濡れて風邪をひきそうな恩師に服と拭くものを提供しただけです。使ってもらう客室は僕の部屋から離れていますし、警戒しなくても忍び込んだりしませんよ。心配なら誓約書でも書きましょうか?」
下心はないと証明するためにペラペラとよく喋るルウェリンは平静とは言い難い。
この邸そのものが彼のための私室のようなものだ。通された部屋はそれなりの広さがあり、互いの距離は適正に保たれている。
けれど、奥に配置されたベッドの存在を意識しているように見えた。
そういう欲求があるのだと言動で語ってしまう青さは、ヴィユが失ってしまったものだ。
お互い寮生活で自室に誰かを連れ込むのは難しい。
でも、今なら手を伸ばせば触れ合える状況にある。
想像してしまったせいか、心臓がどくんと大きく跳ねた。
ルウェリンを中心に光が舞い、視界は分散された輝きで埋めつくされる。
ハイミアの特性については物心ついた時から教えられてきた。
感覚が制御出来なくなり、その後に何が起きるかヴィユは知っている。
「……ル」
喉が熱くなって、呼吸が乱れる。
こちらの意志が伝えられないから、どうしようもなくて彼の腕にすがった。
「ヴィンバウム先生? 体調が悪いなら、薬をお持ち……」
違うと首を横に振って、何か言おうとする彼の唇をやわらかく食む。
部屋のドアは開けられたままだが、この邸には二人以外誰もいない。
逸る気持ちを押し止める理性はもうなかった。
成人年齢に達していても、彼は生徒だ。こんな行為をしかけるべきでは無いと頭の中で警鐘が鳴る。
数え切れないほど参加した不適切事案防止研修や人権協議会で刷り込まれた倫理観が、ハイミアの本能を阻害する。
ルウェリンの顔を見るまで、ヴィユは自分がルーラントに惹かれているのだと疑っていなかった。
彼は理想的なパートナーで、求めるものを満たしてくれる。
それなのに、こうやって二人きりになっただけで押し殺してきたものがあふれ出す。
ヴィユの免職で終わるならまだいい。
ルウェリンの将来の選択肢が狭められるなんてあってはならない。
コトが明るみに出れば、傷が大きいのは若い彼の方だ。
年長者としての配慮や倫理観が育っていく欲に包括されていく。
これは彼の望みでもあると言い訳をこしらえて、教え子を誘うヴィユは歪んでいる。
困惑するルウェリンから拒否権をはぎ取り、ベッドへと引きずり込むのは容易かった。
耳元でずっと欲しかったものを囁くと彼も熱のこもった視線を返してくれる。
勘違いじゃない。
自分たちは思い合っているのだと繰り返して、ヴィユはもう一度くちづけをする。
ちゅ。と粘膜を触れ合わせるだけで、奥が切なくて腰が重くなる。
面倒な前戯なんて省略して、時間を詰めていく実戦のように最後まで到達してしまいたかった。
囲い込みのような環境で始まった恋なんて碌なものじゃない。
彼らにとっての脅威や誘惑から身を挺して守る立場だというのに、志はどこへ捨てた?
諭してくれる冷静な自分には耳を貸したくなかった。
周囲からの理解が得られないし、思いが覚めればお互いが辛くなる。
気の迷いだ、幻想だと自分に言い聞かせなければならない気持ちを抱え込んで苦しかった。
だから、代替となる人を求めた。
ルウェリンのボトムの中に収まっているものを高めたくて、密着したまま揺らして誘う。
よだれでベタベタにしてしまっても彼は綺麗で可愛かった。
素肌に触れてみたくて、シャツのボタンに手をかけるとルウェリンの涼やかな青の瞳がヴィユを縫い留める。
「積極的なのはうれしいですけど、こんな形で始まるのは違うでしょう?」
皮肉めいた言葉を聞くのと同時に強烈な眠気が襲ってくる。
「ラザリオ先生が用意してくれたので、貴方の身体に負担は少ないはずですよ」
口移しで睡眠薬か何かを含まされたのだろう。
いつの間に渡されたのかヴィユにはわからなかった。こうなることを見越して、事前に準備をしていた可能性も高い。
「もう少し、待っていて……」
まぶたが降りてきて、ルウェリンがくれた約束の言葉を聞くことは叶わなかった。
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