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閃風祭の恋灯
しおりを挟むぐっすり眠っていたのだろう。
目覚めはすっきりしたものだった。
ここがどこか一瞬混乱しかけたが、昨夜の記憶が徐々に戻ってくる。
ヴィユが事態を把握するまで、そう時間はかからなかった。
教員寮の簡素な内装と違い、この客室は訪れた人への気遣いが感じられる。
ヴィユが休んでいたベッドまで届く陽光の強さは、早朝のおだやかなものではない。
昼過ぎまで寝過ごしてしまった理由は明らかなので、深く息を吐いて自省する。
ルウェリンから口移しで含まされた眠り薬は使用者に余計な影響が出ないものだった。
狙った相手を弱らせて好きにしようというゲスも世の中にはいる。
悪用されるのを知りながら薬を流通させる連中もろとも検挙する法規部隊は有能だが、数が足りていないようだ。
学園には調合を得意とする薬学のスペシャリトがいる。
ラザリオは彼らに協力を求めたのだろうが、出どころがはっきりしないものを飲まされたことに不満もあった。
「おはよ、ヴィユくん! のんきな寝顔になごませてもらったぜ」
昨夜、カーテンは閉められていた。
その記憶が確かなら、部屋に明かりを取りこんでくれたのは彼なのだろう。
「手間をかけたな」
いろいろな意味を含めての言葉に、親友は包容力全開の笑顔を見せてくれた。
「ルウェリンがアレを使う事態になったってことは、ヤバかったんだな。教育省にバレたら大問題だ」
けらけらと笑うラザリオに悪気はない。今回の功労者に、ヴィユは言いたいことを半分だけ伝えることにした。
「事前に兆候もなく、ああなるとは予想外だった。特性のことはひと通り理解してるつもりでいたんだが……」
「ちゃんと反省してんだな。まあ、対策たててもあれだろ? 好きな子と盛り上がってたら、制御がゆるんだ的な? 無理やりどうこうしたとは思いたくないが、ルウェリンのあの様子じゃ、何もなかったわけでもなさそうだな」
探るような視線に、ヴィユは仕方なく口を開く。
「……発情期の猫とそう変わらなかったかもな。熱でぼんやりして、細かいことは覚えていない」
「ヴィユって精神力もタフな方なのに、ロマンスの引力には逆らえないんだな!」
こうやって話せるのは、ルウェリンがヴィユの暴挙を止めてくれたからだ。
あのままなし崩しに関係を持っていたら、ふたりとも良くない方向に進んでいただろう。
不測の事態に備えてくれたラザリオにも感謝しかない。
「まあ、しばらくは俺たち教師も閃風祭の準備で何かと忙しくなる。お前もよそに気を回してる余裕はなくなるぜ」
「もうそんな季節か、毎年のことなのに早く感じるな」
「ヴィユは今年も特別企画の担当なんだっけ? 去年の演舞は好評だったのに、今回は趣向がまるで違うんだな」
閃風祭の実行委員には他校からの協力者も加わっている。
彼らも含めたメンバーが話し合い、決まったものに学校側は基本的には異を唱えない。
「専科の生徒は外部に向けた研究発表とラボの体験イベントの準備なんかでやることだらけだ。しばらくは冷却期間だと思ってお互い自分の役割に専念してろよ」
おとなしくうなずいたヴィユをラザリオをじっと見つめる。
「……ルーラントさんなら安牌なのに、お前の気持ちは変わらねぇのな」
腹を括ってそうだと宣言できるほど、ヴィユの気持ちは固まっていない。
生徒相手にあんなことをしておいて今更だが、教師は子どもの信頼を裏切ってはならないと思う。
数年後、その気持ちが変わらなかったら、あらためて正しい関係を構築していくべきだ。
巣立っていく雛鳥が振り返ろうとしないならそれでいい。
「おいおい、また変なこと考えてんだろ?」
「そんなことは…」
答えを濁したヴィユに、ラザリオは参考例をあげてみせる。
「専科の学部長はガチガチの実力主義らしいから、実績と引き換えに卒業が早まることもあるってさ」
学歴を得て職種選択の幅を広げるのが第一目的の学生もいる。
けれど、この学園にやってきた若者は専門的な知識を学び、視野を広げる数年を貴重な機会ととらえているはずだ。
ルウェリンが飛び級を望むとは思えないし、高等研究院への道へ進めば卒業はさらに遠くなる。
ヴィユが教職を辞したところで、学生の彼と交際するには年の差がありすぎる。
ルウェリンからの熱意がどこまで続くのか危ういのに、荒波を漕ぎ出す馬鹿はいない。
控え目なノックの音の後、ドアを開いてルウェリンが入ってくる。
ヴィユの姿を見ても動揺はしなかったが、視線は何気なくそらされてしまう。
「おはようございます。先ほど、祖父がこちらに到着しました。先生方がよろしければ軽食の準備をさせてもらえませんか? 祖父は学園の卒業生なので、色々話をしたいようです」
ノヴァク邸に立ち寄った理由を正当なものだと証明するため、ラザリオが知恵を貸したのだろう。
昨夜の雨で帰宅が遅れたとでも言えば、追及は免れる。二人きりにならないようラザリオが来てくれたこともプラスに働くだろう。
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