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一途な恋にご褒美を③
しおりを挟む自分が発した言葉に酔っているのか、女子生徒はステップを踏みながら歌を口ずさむ。
時期になればデルサリアに彩られるアーチや背丈ほどある庭木も夜に染まって建造物のようだった。
夜空に放たれた願いの灯は、彼女を照らすほどの光量がない。
ふわりと回り続ける生徒が近づいてくるまで、ヴィユには相手の表情がよく見えていなかった。
「今なら皆さん『恋灯』に注目してますよね。さっきの画像を拡大投影したら楽しいと思いませんか?」
口元に片手を添え、思いつきを囁く彼女の頬は紅潮している。
すべらかな頬、果実めいたくちびる。
学生たちが持つ若さという上位カードはヴィユに対して優位を取れる。
「これはフェイクでぇ、あなたたちは詮索されるようなことはないって、どのくらいの人が信じてくれるのかなぁ?」
画像の真偽より、教師と生徒の親密さが外部に知られることは問題だった。
学園の評判が下落し、生徒たちの平穏な日々に羽虫のような悪意が入り込むのは、ヴィユの本意ではない。
「……ねぇ、先生。ボクに協力してくださいよ。失意のセンパイを慰める役はボクが引き受けます! あなたは彼をこっぴどく傷つけて、突き放す悪役をやり遂げてください」
ヴィユはルウェリンにとって、出会わなければ良かった存在かもしれない。
他に目を向けて欲しいと度々願ったのも嘘じゃなかった。
身体を左右に傾け、答えを急かす女子生徒とルウェリンが共にいる想像で、身を焦がすような苛立ちが生まれる。
「ほらほら、早く答えてください」
女子生に詰め寄られてもヴィユの気持ちは揺らがなかった。
「裏で画策する性悪猫にくれてやるくらいなら、俺の方がいくらかマシだ」
腹をくくる覚悟がなければ、近づくべきではなかった。
目眩ましの代役ではなく、世界に一人しかいない本物が欲しい。
「俺は学園長から、解除キーを預かっている」
演劇部に所属し、閃風祭で放送を担当した彼女にはその意味がわかるはずだ。
不測の事態が起きた場合、学園内の魔法機構の誤作動や暴走を防ぐため作られた絶対制御装置。
一度起動させれば、思いのままに魔法を収束させ、無効化術式を上書きすることも容易である。
「……教師が悪役ムーブしていいんですか? ルウェリンを誑かす淫婦の分際で!」
「先生だって普通に生きてるし、恋だってするんだよ」
「ボクの方がセンパイを愛してる!」
高らかに宣言する女子生徒に、ヴィユは遠慮せずとどめを刺した。
「残念ながら、あいつは俺と相思相愛なんだ」
勢いがなければ一生口にしない程度には面映ゆい台詞である。
数秒で耐えきれず、顔を手で覆うとラザリオを伴い現れたナディルが場の空気を変えた。
「熱演ありがとう! 貴女ならその役をやりきれるって思ってたわ!」
観客が介入したことでシナリオの呪縛から解かれた女子生徒は、演劇部顧問のナディルにぐったりと身を預ける。
「ナディル先生が脚本やってくれるなら演技しますとは言いましたけど、こういう役は向いていません」
「すごく良かったわよ! 私が思い描いてた悪役令嬢そのものね!」
憑依型の演技をするタイプだったのか、ナディルに撫でられ甘やかされている女子生徒は別人のようである。
「もう一つのお願いも聞いてあげたんですから、舞台衣装のデザイン、最高なの描いてきてくださいよ!」
「それはまかせて!」
状況を理解できず取り残された気持ちになっていると植え込みからルウェリンが飛び出してくる。
こっちこっちと手招きにして二人の間に挟まれたナディルはご機嫌だった。
「で、この茶番劇はなんだったんです?」
「家族のためにがんばった生徒へのご褒美タイムに決まってるでしょ」
まったく悪びれない彼女は、追い詰められそうになったヴィユの気持ちなど考えてくれない。
「ここまで設定に凝らなくてもよかったんじゃないですか?」
「そう? 君は素直じゃないから、荒療治が必要でしょ。さっきの彼女、演劇部のルーキーなんだけど、ライラント研究機関のトップのお孫さんなの。今は代行という形だけど、実権の譲渡は済んだそうだから、専科の生徒の学籍をあちらに移して留学扱いにすることも可能だし、教師一人を雇って姉妹校に送り出すくらい何とでもなるわよ」
あまりにも具体的な解決策に、ヴィユはうなった。
「ソロ討伐で稼いだお金はあるんでしょ? 教職辞める気がないなら、無償で特別講師をするという手もありよね」
「さすがにタダ働きはキツイでしょ。無償奉仕が当たり前と思われたら、教員全員の待遇にも影響あるんで、その案は無しで!」
「じゃあ、ラズくんもアイデア出してよ!」
「また、それッスか……」
無茶振りにため息をつくラザリオはいつも通りだった。
ルウェリンは発言のタイミングがつかめずに、ヴィユを見つめている。
演技とは気づかず、あんなことを言ってしまった自分が恥ずかしくなる。
誰にも謗られない関係になる抜け道を考えなかったわけじゃない。
だけど、それは子どもたちを導く大人が取るべき手段ではない。
ルウェリンを誰かに譲りたくないし、失ったら開いた穴は深いだろう。
それでも、逃げ出せる自由は若者に与えて鷹揚に構えておくべきだ。
「専科は実力がすべてです。卒業を待たず高等研究院へ入った特例もありますよ。駆け足で学位を得て研究員の一人になれば、あなたの同僚ってことになりますね」
正攻法しか選ばないと宣言するルウェリンに惚れ直したなんて言ってやるわけがない。
「蓄えのある年上の男を狙ってくる奴は意外といるからな。のんびりしてると攫われるかもな」
「祖父から商才はそれなりに引き継いでいるんです。よかったら資産額を比べてみます?」
生意気に張り合ってくるルウェリンは、ノヴァクの待ち人に雰囲気が似ていた。
彼らの恋が実を結んで、ここに命をつなげたのだと思うとあたたかいものがこみ上げてくる。
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