なつのよるに弐 叢雨のあと

まへばらよし

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本編 雌花の章

第一話 見合いに臨む

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 成人男性が正座し、頭を、畳にこすりつけんばかりに下げている。
 ──待ってこれって土下座じゃないの?

 暗闇の中で男は、菊野椎奈の前で最大級の謝罪ポーズを取っていた。
「済まん。十五分……、この布団の上で眠らせてくれ」
 説破詰まった懇願だ。行動も口調の真剣さからも、相手が必死なのが伝わってくる。
 見合い初日の相手のあり得ない行動に、キレてふざけるな帰れと言えるほど、椎奈は冷徹になれなかった。
 椎奈は横の布団を手で示した。
「はい。ど、どうぞ……」
 怒ってはいないが、どん引きはしている。それが相手に伝わってしまったとしても許してほしい。
「恩に着る……!」
 男は勢いよく、さらに頭を下げた。本当に畳の上に額をブチあてたのか、隠った音がした。
 彼はいうやいなや、素早く立ち上がり袴を脱ぎ、布団に大の字で伏した。十秒ほどで寝息が聞こえた。
 うわあ……。
 椎奈は彼を見下ろしながら、見合いの作法を思い出していた。
 お見合いって、こんなだったっけ?


 この地域には、特殊はお見合いの制度がある。
 通常なら仲人の紹介を経て、結婚願望のある男女が数回会って話をし、双方が納得すれば、結婚を前提にしたお付き合いが開始される。地域によって多少の違いはあれど、大筋はこうだ。
 しかしこの地域ではその流れにはならない。
 結婚願望のある男女が会うまでは同じだが、ここでは会ってまず性交をする。しかも相手が分からないまま。
 親同士、または仲人を介して本人たち以外が約束を取り付け、女の元に男が通うことになる。
 女が用意した場所では灯りを点けてはならず、お互い誰か分からないまま、体を繋げることになる。
 お互い拒否権もある。男の場合、相手が気に入らなかったら通うのを止める。女の場合は用意した場所を留守にし、戸の鍵をかけておく。ただし、よほどのことがない限り、一度は必ず会って交わるというのがしきたりだ。
 決められた全日通い続けることができ、かつ女が妊娠すれば、晴れてお互いの身元が明かされ結婚することになる。
 互いのことを気に入ったとしても、全日通い終えたとしても、女が妊娠しなければ、二人の見合いの結果は、縁がなかったこととなる。
 こういった特殊な習慣のためか、この地域の男女は性にオープンで、男女ともに性的合意や避妊について義務教育中に学ぶ機会がある。


 椎奈に見合いの話がきたのは先月だった。たまたま、職場で仲良くしている一年下の同僚が、椎奈の元に話がくる少し前からこの形式の見合いをしていた。
 その期間、彼女は日を重ねるにつれ、美しく変化していった。彼女の相手が、同じ職場の、しかも椎奈がよく関わる人物だったのは驚きだった。
 今、二人は実に幸せそうである。
 親しい知人の恋が、幸福な結果になったのを間近で知り得たのは、単純に喜ばしいことだった。あんなふうになれるといい、そんな希望にもなった。
 彼女を見習い、椎奈はこれまで興味がなかった裁縫を頑張った。せっかく会うのだから、新しい浴衣を自分で縫おうと、椎奈なりにできるだけのことをした。
 椎奈は、盛大な期待と共に、初のお見合いに臨んだのだ。

 そしてこの有様である。

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