なつのよるに弐 叢雨のあと

まへばらよし

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本編 雌花の章

第二十一話 二人の連携で

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 それから、俊の両親と、椎奈の母との顔合わせをおこなった。晴れて認められた二人は、正式に婚約に至った。
 俊と椎奈は、俊の提案で温泉宿に旅行にいくことになった。

 理由は俊曰く、イチャイチャしたいからだそうだ。
盆屋ラブホテルはいやなんだよ……女性を抱くのに俺は集中できない。なんかこうフッと、最中に仕事が頭を過るんだよ。摘発とか……違法AVとか」
 道中、俊の運転する車の中で彼はぼやき続けた。完全な職業病じゃないか。
「あと一月で一緒に暮らせるのに?」
 結納は済ませているし、この地域特色の、親族のみの簡素な式の日取りも決まっている。夫婦用の官舎にも空きができそうだということで押さえてある。空き次第、二人で暮らす予定で、それが一月ほど先になるのだ。
「結婚前ってのがいいんだよ」
「結婚したら行かないの?」
「いや新婚旅行も行く……要するに、自宅以外の場所でも椎奈さんとやりたい」
 椎奈は俊の腿をぺちっと叩いた。

 温泉だけ楽しむのも悪くはないが、せっかくの旅行なので、宿の近くにあるテーマパークにまず向かった。
 ホワイトタイガーのこどもが、一般展示されていた。二人で可愛いねえとガラス越しに眺めていたとき、ふと、椎奈の手を誰かが握った。
 驚いて見下ろすと、小さな女の子が、椎奈と同じように驚いた顔で椎奈を見上げていた。彼女はぴゃっと椎奈から手を離し、辺りを見回し、やがてべそをかきはじめた。椎奈は慌ててかがみ込んだ。
「お、お母さんか、お父さんとはぐれちゃったのかな?」
 可愛いホワイトタイガーの赤ちゃんに見とれているあいだに、保護者とはぐれたことに気付けず、椎奈を身内と勘違いして手を握ったのだろう。
 椎奈の後ろで、俊もしゃがみ、女児に笑いかけた。
「今日はここに、誰と来たのかな?」
「……お、おとさ」
「お父さんかな?」
 女の子は泣きながら、もうひとつ訴えた。
「おかさ、も」
「探しに行こうね。こっちのベンチで座っていよっか」
 椎奈が声をかけ、背中を押してやると、女の子は泣きながらも従った。
「椎奈さんはここで、女の子といてくれ。俺はスタッフを探してくる」
「はい」
 俊が駆けていったあと、椎奈はベンチで座って泣いている女の子の前にしゃがみこんだ。
「お父さんとお母さんは、さっきのお兄さんが探してきてくれるから。ここで待っていようね。ホワイトタイガーの赤ちゃん、可愛かったね」
「……うん」
「今日はどんな動物さんを見たかな。お姉さんも見たいから、おしえてほしいな」
「かめしゃん」
 なかなか玄人好みなところを突いてきた。椎奈はここで亀を見ていない。
「かめさんがいたところ、どこか探してみよっか」
 園内地図を広げてみたが、亀の表記はない。亀に似た何か他の動物だろうか……亀に似た他の動物って、この世に存在する?
 女の子は園内地図が気になったらしく、泣き止んで、それを熱心に眺めはじめた。椎奈はその隙に、連想ゲームさながら亀に似た動物を脳内で探していると、俊がスタッフを連れて戻ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。この子です」
 俊がスタッフに告げると、スタッフは携帯電話で連絡を入れた。ほどなく別のスタッフと、迷子の女の子の家族らしき三人がやってきた。
「おかさん!」
 女の子は駆け出し、やってきた女性にしがみ付いた。彼女は泣いている女の子を抱き上げあやしている。父親と思われる男性が、椎奈と俊に感謝を述べに頭を下げた。
「あ」
 父親と手をつないでいる男の子が、亀柄の着物を着ていた。
 家族四人とスタッフは、再度、椎奈と俊に頭を下げてから去った。
「お疲れ様でした」
「椎奈さんも、お疲れさま。あなたがいてくれてよかった」
 俊は腰に手をあて、大仕事のあとのような、緊張が解けた顔をしていた。そういえば、俊はお見合いのとき、女児に声をかけるのは難しいと言っていた。
「連携プレーだったね。私も、俊さんがいてくれて助かった。そういえば、さっきね……」
 椎奈は俊から差し出された手を握り、亀の話をしながら、次のエリアへ足を進めた。

 俊の取った宿は大浴場もあるが、部屋に小さな露天風呂もあるところだった。今の季節は紅葉も楽しめる。
 まずそれぞれ大浴場を楽しみ、部屋に戻って、運ばれてきた料理を楽しみ、人心地したあと、露天風呂を楽しもうという流れになった。
 脱衣所で、俊はいそいそと椎奈の角帯を解いている。椎奈はされるがまま、黙っていた。椎奈の帯を完全に落とす前に、俊は椎奈の顔を覗った。椎奈の緊張に気付いたようだ。
「やめたい?」
「違うの。一緒に入りたいけど……こんな明るいところで裸になるのは初めてだから。私の口数が少ないのは、恥ずかしくて」
「そういうことか」
 俊は椎奈の帯を落とすと、ぴたりと抱きしめてきた。俊の熱い肌の感触に、椎奈はほぼ嬌声のようなものを洩らした。部屋の空調は整えられ寒くはないが、夏に抱き合ったときより、数倍気持ちがいい。
「檸檬の匂いだ……大浴場を出たあとから、椎奈さんから香りがしてて、ずっとムラムラしてた」
 気付いてくれて嬉しい。
 俊は椎奈の身頃の中に手を伸ばして、背に腕をくぐらせ、うなじを掴んだ。お見合いの初日の行動をなぞっているのだ。
「ん」
 口付けが、深い。ぴたりと合わせた正面で、俊の雄が反応しているのがよく分かる。同じく、椎奈の中もうずいてきた。
「おふろに」
「ん?」
「入る前に……しちゃう、の?」
「確かに、そんな勢いになってきてるな。……布団に戻るか」
 そもそも、俊が椎奈の浴衣を脱がせる必要など全くなかった。この流れはなるべくしてなった。
 俊は軽々椎奈を抱き上げ、寝室へ戻った。枕を並べて敷いてある布団の片方に椎奈を下ろし、手を伸ばす椎奈に応え彼女に覆い被さった。
「電気、消さない?」
「消さない」
「どうしよう」
 椎奈は俊に抱きつきながら囁いた。
「私、俊さんのあのときの声を聞いただけで興奮しちゃうのに、俊さんの顔まで見えたら挿れる前にいきそう」
「そういうことを言うのは、今はやめてくれ」
 理性がなくなる、と俊は言いながら椎奈の口を自分のそれで塞いだ。
「俺も我慢してるんだ。……椎奈さんの、声と顔のギャップに萌えて歯止めが利く気がしない」
 先日の顔合わせのときにこっそり教えてくれたが、俊曰く、椎奈の顔が声と合っていないそうだ。声はキリっとしているのに、顔が可愛すぎるとかなんとか。
「慣らすために、私だけ目隠ししたほうがいいのかな」
 俊は動きを止め、椎奈の顔をまじまじ見た。
「それはそれでものすごいそそられる、ヤバいな。想像したけど、俺も……」
「目隠し、やったほうがいい?」
「それは次で……それに椎奈さん、俺の睾丸が左右非対称かどうか見たくないか?」
「え……見たい」
「俺たち、露天風呂に辿り着く前にチェックアウトの時間になりそうだな」
 そうかもしれない。
「また来ようよ。家族が増えたときとか、定年後とか」
 俊はそうだなと笑った。椎奈が何度見てもときめいてしまう笑顔だ。
「また来よう」


 雌花の章 終

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