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ムリョクなぼくと会議と大人
そうだ、作戦を立てよう
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結局、居場所がない。
さみしいものだ。家を出たら、行く場所が塾の自習室しかないんだから。
もし、大人だったらどこに行くのかな。居酒屋とかでお酒でも飲むのかもしれない。幼稚園の遠足から行っていないテーマパークで大声を上げるのもいいかもしれない。まあ、ぼくの想像力なんてそんなもんだ。
電車に乗ったのはいいけど、こんな日に塾で勉強する気になんて全然なれない。
勉強って何だ? 将来への貯金? アレを喜ばすため? 本当にばからしい。こんなに投げやりになったのは、あのインフル以来だ。いや、ずっとそうだったのかもしれない。自分をだましてきただけかも。
スマホには、家からの着信表示があった。何回も、だ。面倒くさかったので、電源を切った。胸がすっとした。
それより佐伯だ。あいつから守る。一体どうやって? とりあえずできることを色々調べて、佐伯を暴力のない安全な場所に移動させなきゃ。命がかかっている。考えなきゃ。どうすればいい?
施設について聞いたことはある。でも具体的なことはわからない。
佐伯のお父さんは、警察官で権力がある。失敗して、佐伯が家に戻されることになったらどんなことになるんだろう。もっと殴られるかも。頭の中で色々な考えがまわる。ぼくは何もできない。ヒリキどころではない。力が何もないムリョクだ。それなのに、光岡と二人で「佐伯を助ける」とか言っちゃった。急にのどがつまって、息ができなくなった。苦しい。
気がつくと、根間駅に着いていた。危うく、乗りすごすところだった。あっぶね。
改札を出る。塾に行くつもりだったのに、なぜか自然と手前の道を曲がった。
MIYAに行こう。大人に相談しなきゃと思った時、小田切先生の顔しか思い浮かばなかった。いるかどうかはわからなかったけど、今、頼れる大人は、先生しかいない。おそるおそる扉を開けた。
◇ ◇
「こんにちは」
カウンターにいる宮野さんがいた。
「いらっしゃい。小田切君はもう来てるよ」
と、声をかけてくれた。いる! よかった。
奥に行くと、いつものように先生は真剣な顔をしてエアブラシをかけている。プシューという音と同時に絵の具のにおいがした。声をかけられない。同じプラモに何回エアブラシかけているみたい。この間もかけていた。なんでだろ? 今度、理由を聞いてみよう。あ~でも、今はそんなのんきなこと言ってられないんだ。
小田切先生に、佐伯の虐待について、どう切り出せばいいのかわからない。とりあえず、作りかけのプラモを棚から取り出した。そして、横に座り、組み立てることにした。
相談にのってもらおうと思ったのに、言葉が出てこない。とりあえず作業を始めた。
ふと顔を上げると、先生がぼくをじっと見ている。
「ひどい顔してるな。何かあった? プラモのこと、親にバレたんだろ」
と、にやにやしながら、ちょっと意地悪そうに言った。
いつバレてもおかしくないかもしれないけど、「今日はそのことじゃないんです!」と、言いたい…。けれど、なぜか言葉が出ない。黙ったまま、先生の顔を見上げた。
何か察したのだろうか。先生はすぐに作業の手をとめてくれた。そして、ぼくをうながすように、裏口に目を向けた。
「少し休む? いいところがあるから」とだけ先生は言うと、塗ったばかりのプラモを乾燥機に入れ、道具を片づけ始めた。ぼくも組み立てた始めたパーツを袋の中にすぐに戻した。
「上、空いてる?」と、先生がたずねると、宮野さんはうなずいた。
ぼくを連れて、先生が、扉の横にある鍵を取り、奥の古ぼけた扉を開けた。そのすぐ横に鉄製の階段を二人でカンカンと上がった。
そこには6畳の和室に小さなキッチンがあった。部屋の棚には、ずらっとプラモが飾ってある。一体いくつあるんだろう。大きいのから小さいのまで、50体以上ある。
目を奪われた。そして、座卓や冷蔵庫、マンガがカラーボックスに雑然と並んでいる。靴を脱いで、部屋に上がった。
「ここで何を話しても、聞こえないから、大丈夫。メンバーの休憩室なんだ」
と、言いながら、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出した。そして、置いてあるマグカップにお茶を入れてくれた。
そういえば、朝から何も飲んでいない。おにぎりとからあげは食べたけど。のどの渇きさえ、忘れていた。一気にお茶を飲みほしてしまった。先生は何も言わず、お茶をまたそそいでくれた。また飲んだ。
「何があった? 親とけんかした?」
先生には、授業参観で塾を休むことは伝えていたけど、佐伯について話したことはない。
畳の部屋は落ち着く。ぼくの心をほぐしてくれた。感情があっちこっち動く日だったから、余計にそう思うのかもしれない。もうそのまま倒れこみたい。けれど、そういうわけにもいかない。自分に気合を入れる。佐伯のことを先生にていねいに説明し始めた。
◇ ◇
先生は、ぐうっと背伸びをした。何も言わず、ずっと話を聞いてくれた。そして、言った。
「ん~、結論から言うと、ひびきができることは、そんなにないかもな」
ぼくは肩を落とした。やっぱり大人って、そういうことを言うんだ。どうせ何もできない子どもなんだよ、ぼくは。ヒリキというより無力だ。佐伯や光岡と約束したばかりだというのに。
「不満って顔をしているね。これは大人が解決しなきゃいけない問題だ。大人の義務さ。だから、佐伯くんだっけ、彼を守らなきゃいけないのは、親や学校の先生たちだ。それが大人の役割なんだよ」
えっ、義務って、役割って、何だろう。じゃあ、子どもであるぼくの役割って…。
「義務っていうのは、人が社会に対して、しなきゃならないことっていうかな。社会に対する責任のことだ。子どもは大人に守られなきゃいけないし、大人は子どもを助けなきゃいけない。親がダメなら先生、先生がダメなら公的機関、佐伯くんの場合、本当は公的機関が手を差し伸べなきゃいけない。ひびきは助けられる側で、助ける側じゃないよ」
大人? 大人は助けてくれないじゃないか。反対にぼくたち子どもをイジメている。
じゃあ、何で佐伯のお父さんは、子どもに暴力をふるうんだ。警察官なのに…。何で、母親にあんな扱いをされなきゃいけない? ふつふつと心の中にいやな感情が湧きあがってきた。いつも子どもは大人にいいようにされなきゃいけないんだ。
「てっとり早いのは、児童相談所に通報して、佐伯くんを一時保護してもらう。あとはお母さんに親権を移してもらう。それが一般的かな。もし、お父さんが警察官で妨害してくるようなら、弁護士を立てればいい。父親が公的権利を乱用するなら、違う権力を使って対抗するだけだよ」
詳しい。すごい。親権って、何だ。弁護士って? お金がとてもかかるだろうし、そんな人どこにいるんだ。子どもが頼めるのか。ぼくたち子どもは、そういう大人たちに寄りかかって生きている。何もできない自分が悔しい。ただただ悔しかった。また涙が出てきた。今日、何回泣くんだ。
何だか疲れ果ててしまった。思わず、ぼくは座卓に顔をふせた。まだ涙は止まらない。目は赤くなっているだろうな。
先生は黙って、ぼくを見つめていた。そして、口を開いた。
「佐伯くんの役に立ちたい?」
うなずいた。小田切先生の顔はおだやかだった。
人の役に立ちたいなんて今まであんまり思ったことはなかったけど、今は違う。佐伯のあの絶望したような顔と身体のアザを思った。佐伯は、今のぼくにとってたった一人の友だちだ。代わりはきかない。彼のために何かしたい。役に立って、この状況を変えたかった。
「作戦をたててみるか。佐伯くんにとって、何がいい選択なのか一緒に考えてみよう。まず一番大切なのは…」
と、先生は言った。
ぼくの意見も聞いてくれるんだ。ただただ安心した。ぼくは、顔を上げた。
そして、一緒に作戦を練り始めた。
さみしいものだ。家を出たら、行く場所が塾の自習室しかないんだから。
もし、大人だったらどこに行くのかな。居酒屋とかでお酒でも飲むのかもしれない。幼稚園の遠足から行っていないテーマパークで大声を上げるのもいいかもしれない。まあ、ぼくの想像力なんてそんなもんだ。
電車に乗ったのはいいけど、こんな日に塾で勉強する気になんて全然なれない。
勉強って何だ? 将来への貯金? アレを喜ばすため? 本当にばからしい。こんなに投げやりになったのは、あのインフル以来だ。いや、ずっとそうだったのかもしれない。自分をだましてきただけかも。
スマホには、家からの着信表示があった。何回も、だ。面倒くさかったので、電源を切った。胸がすっとした。
それより佐伯だ。あいつから守る。一体どうやって? とりあえずできることを色々調べて、佐伯を暴力のない安全な場所に移動させなきゃ。命がかかっている。考えなきゃ。どうすればいい?
施設について聞いたことはある。でも具体的なことはわからない。
佐伯のお父さんは、警察官で権力がある。失敗して、佐伯が家に戻されることになったらどんなことになるんだろう。もっと殴られるかも。頭の中で色々な考えがまわる。ぼくは何もできない。ヒリキどころではない。力が何もないムリョクだ。それなのに、光岡と二人で「佐伯を助ける」とか言っちゃった。急にのどがつまって、息ができなくなった。苦しい。
気がつくと、根間駅に着いていた。危うく、乗りすごすところだった。あっぶね。
改札を出る。塾に行くつもりだったのに、なぜか自然と手前の道を曲がった。
MIYAに行こう。大人に相談しなきゃと思った時、小田切先生の顔しか思い浮かばなかった。いるかどうかはわからなかったけど、今、頼れる大人は、先生しかいない。おそるおそる扉を開けた。
◇ ◇
「こんにちは」
カウンターにいる宮野さんがいた。
「いらっしゃい。小田切君はもう来てるよ」
と、声をかけてくれた。いる! よかった。
奥に行くと、いつものように先生は真剣な顔をしてエアブラシをかけている。プシューという音と同時に絵の具のにおいがした。声をかけられない。同じプラモに何回エアブラシかけているみたい。この間もかけていた。なんでだろ? 今度、理由を聞いてみよう。あ~でも、今はそんなのんきなこと言ってられないんだ。
小田切先生に、佐伯の虐待について、どう切り出せばいいのかわからない。とりあえず、作りかけのプラモを棚から取り出した。そして、横に座り、組み立てることにした。
相談にのってもらおうと思ったのに、言葉が出てこない。とりあえず作業を始めた。
ふと顔を上げると、先生がぼくをじっと見ている。
「ひどい顔してるな。何かあった? プラモのこと、親にバレたんだろ」
と、にやにやしながら、ちょっと意地悪そうに言った。
いつバレてもおかしくないかもしれないけど、「今日はそのことじゃないんです!」と、言いたい…。けれど、なぜか言葉が出ない。黙ったまま、先生の顔を見上げた。
何か察したのだろうか。先生はすぐに作業の手をとめてくれた。そして、ぼくをうながすように、裏口に目を向けた。
「少し休む? いいところがあるから」とだけ先生は言うと、塗ったばかりのプラモを乾燥機に入れ、道具を片づけ始めた。ぼくも組み立てた始めたパーツを袋の中にすぐに戻した。
「上、空いてる?」と、先生がたずねると、宮野さんはうなずいた。
ぼくを連れて、先生が、扉の横にある鍵を取り、奥の古ぼけた扉を開けた。そのすぐ横に鉄製の階段を二人でカンカンと上がった。
そこには6畳の和室に小さなキッチンがあった。部屋の棚には、ずらっとプラモが飾ってある。一体いくつあるんだろう。大きいのから小さいのまで、50体以上ある。
目を奪われた。そして、座卓や冷蔵庫、マンガがカラーボックスに雑然と並んでいる。靴を脱いで、部屋に上がった。
「ここで何を話しても、聞こえないから、大丈夫。メンバーの休憩室なんだ」
と、言いながら、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出した。そして、置いてあるマグカップにお茶を入れてくれた。
そういえば、朝から何も飲んでいない。おにぎりとからあげは食べたけど。のどの渇きさえ、忘れていた。一気にお茶を飲みほしてしまった。先生は何も言わず、お茶をまたそそいでくれた。また飲んだ。
「何があった? 親とけんかした?」
先生には、授業参観で塾を休むことは伝えていたけど、佐伯について話したことはない。
畳の部屋は落ち着く。ぼくの心をほぐしてくれた。感情があっちこっち動く日だったから、余計にそう思うのかもしれない。もうそのまま倒れこみたい。けれど、そういうわけにもいかない。自分に気合を入れる。佐伯のことを先生にていねいに説明し始めた。
◇ ◇
先生は、ぐうっと背伸びをした。何も言わず、ずっと話を聞いてくれた。そして、言った。
「ん~、結論から言うと、ひびきができることは、そんなにないかもな」
ぼくは肩を落とした。やっぱり大人って、そういうことを言うんだ。どうせ何もできない子どもなんだよ、ぼくは。ヒリキというより無力だ。佐伯や光岡と約束したばかりだというのに。
「不満って顔をしているね。これは大人が解決しなきゃいけない問題だ。大人の義務さ。だから、佐伯くんだっけ、彼を守らなきゃいけないのは、親や学校の先生たちだ。それが大人の役割なんだよ」
えっ、義務って、役割って、何だろう。じゃあ、子どもであるぼくの役割って…。
「義務っていうのは、人が社会に対して、しなきゃならないことっていうかな。社会に対する責任のことだ。子どもは大人に守られなきゃいけないし、大人は子どもを助けなきゃいけない。親がダメなら先生、先生がダメなら公的機関、佐伯くんの場合、本当は公的機関が手を差し伸べなきゃいけない。ひびきは助けられる側で、助ける側じゃないよ」
大人? 大人は助けてくれないじゃないか。反対にぼくたち子どもをイジメている。
じゃあ、何で佐伯のお父さんは、子どもに暴力をふるうんだ。警察官なのに…。何で、母親にあんな扱いをされなきゃいけない? ふつふつと心の中にいやな感情が湧きあがってきた。いつも子どもは大人にいいようにされなきゃいけないんだ。
「てっとり早いのは、児童相談所に通報して、佐伯くんを一時保護してもらう。あとはお母さんに親権を移してもらう。それが一般的かな。もし、お父さんが警察官で妨害してくるようなら、弁護士を立てればいい。父親が公的権利を乱用するなら、違う権力を使って対抗するだけだよ」
詳しい。すごい。親権って、何だ。弁護士って? お金がとてもかかるだろうし、そんな人どこにいるんだ。子どもが頼めるのか。ぼくたち子どもは、そういう大人たちに寄りかかって生きている。何もできない自分が悔しい。ただただ悔しかった。また涙が出てきた。今日、何回泣くんだ。
何だか疲れ果ててしまった。思わず、ぼくは座卓に顔をふせた。まだ涙は止まらない。目は赤くなっているだろうな。
先生は黙って、ぼくを見つめていた。そして、口を開いた。
「佐伯くんの役に立ちたい?」
うなずいた。小田切先生の顔はおだやかだった。
人の役に立ちたいなんて今まであんまり思ったことはなかったけど、今は違う。佐伯のあの絶望したような顔と身体のアザを思った。佐伯は、今のぼくにとってたった一人の友だちだ。代わりはきかない。彼のために何かしたい。役に立って、この状況を変えたかった。
「作戦をたててみるか。佐伯くんにとって、何がいい選択なのか一緒に考えてみよう。まず一番大切なのは…」
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