ヒリキなぼくと

きなり

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たたかうぼくらと虐待と親

本当のたたかい

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 昼間の公務員住宅は、なんとなく閑散としていたけど、夜は、所どころに電気がついていて、なんか生活してるって感じがする。

 自転車置き場にチャリを置いて、佐伯の家に向かう。鍵はわざとかけなかった。念のため、逃げるかもしれないから。覚悟を決める。

 ガチャン。部屋の鉄製の扉が冷たく響いた。

 真っ暗だ。誰もいない。外からも確認したけど、誰かいる気配もない。ホッとした。

 佐伯は、家に上がったけど、ぼくは靴を脱がず、玄関で待つことにした。電気は点けなかった。外から帰ってくるお父さんを警戒して、あえて点けないと、相談して決めた。今日は満月だ。窓ごしの月あかりでぼんやりと部屋の様子が見えた。

 むっとする。この家、やっぱりくさい。生ごみのにおいがした。かびと生ごみのにおいが入り混じっている。玄関脇にあるキッチンからただよってきているような気がする。

 玄関から少し伸びた廊下を、佐伯はためらいもせず進み、右の部屋に入っていった。

 佐伯、早くしろ。テストの時、問題が解けきらないのに、時間が迫る、あのあせった感じ。早く、早く戻ってきてくれ。どきどきしすぎて、心臓の音が聞こえそうだ。玄関でじっと待っていると、がたごとという音がした。そして、廊下を横切る影が見えた。

「峻!」

 奥から佐伯を呼ぶ声がした。ヤバい。お父さんがいる。いないんじゃなかったっけ。胃がぎゅっと縮んで、息苦しくなった。足もすくんで動けない。どうしよう、どうしよう。

「何でいなくなったんだよう。お前がいなかったら、さみしいじゃないか」

 アレの声のトーンと似ているような気がする。少しこびて、甘えているような感じ。けれど、この感じってきっと続かない。次は、自分の言うことを聞かないことで、どんどんテンションが上がっていっていくに違いない。母親と一緒だ。

「峻、何で相談所に連絡した? なあ、俺と一緒に暮らそう。柔道をやって、親子二代の警察官になろう」

 闇の中、窓のほうだけが明るい。あの気持ち悪い声だけが家の中に響いた。スマホの録音スイッチを入れた。そして、ポケットの中に突っこんだ。

「なぜ何も言わない!」

 やわらかい声が、どなり声に変化した。

「素直に従っていればいいんだ。なぜ、反抗的な態度をなぜとるんだ!」

 ああ、やばい。どうしよう。光岡に連絡しなきゃ。気持ちだけが焦る。

「バン!」

 大きな音がした。物が倒れるような音だ。

 佐伯が危ない。そう思った瞬間、一歩、足が前に出た。スマホの録音機能を押した。

 でも、光岡に連絡はできなかった。

     ◇   ◇

 さすがにダッシュして、佐伯を助けるなんてアクションスターみたいなことはできない。佐伯のことをヘタレって笑えない。土足のまま、ゆっくりと音のほうへと足を進めた。音がする部屋をおそるおそるのぞいた。

 佐伯が横たわり、丸まっていた。そこを佐伯のお父さん(お父さんじゃない。くそおやじだ)が足でけっている。佐伯は黙って耐えていた。録音、頼む。

「何で、けるんですか」
と、大声で叫びながら、ぼくは必死の思いで、部屋の中に駆けこんだ。そして、佐伯とくそおやじの間に割って入った。大きな手を広げて。

「誰だ」

 鋭い目でくそおやじはぼくをにらみつけた。

「渋谷、入ってくるな」

 佐伯は、うめきながら言った。

「誰だ。峻の友だちか。邪魔するな」

 怖い。さすが警察官だ。威嚇が堂にいってる。目で人を殺しそう。だけど、ひるむもんか。こんな卑怯なくそおやじに負けるか。

「何で、何で、殴るんですか? どうして自分の思いどうりにさせたいんですか」

 声がふるえるのもかまわず叫んだ。

「うるさい! お前には関係ないだろ」

「関係あります。佐伯は、ぼくの友だちだ」

「おれは父親だ! 自分の息子にしつけをして、何が悪い!」

 どんどん腹が立ってくる。こんなのしつけじゃない。しつけの名を借りた暴力だ。

「しつけじゃない! 親だったら、何をしてもいいんですか! そんなの親じゃない!」

 ああ、誰か来てくれ。足がふるえてる。一度口から出た言葉は止まらない。

「親だったら、何をしてもいいんですか。ヒリキなら、無力なら、従わせてもいいんですか。警察官って、弱いものを守る人たちじゃないんですか。弱いものや子どもに言うことをきかせるため、殴るのが仕事なんですか」

 ドンと床を踏み鳴らした。

「ぼくたち、子どもだって、意思も感情もある。人間なんだ。人形じゃない!」

 自分が出せる最大限の大きな声で叫んだ。

「うるさい! だまれ! おれの気持ちをなんで誰もわかってくれないんだ」

 そう言うと、くそおやじは、ぼくに近づいた。ぷんとお酒のにおいがした。

「おれの子どもなんだぞ。それが当たり前だろう」

 母親の顔が浮かんだ。おれの子ども? 自分は自分のものだ。親のものじゃない。

「ばかか。自分は自分のものだ! あんたは、親のものなのか! 暴力をふるって、自分のものだって言うの、頭がおかしいよ」

 怒らせる。これは賭けだ。リスクはともなう。ノーリスク、ノーリターンだ。思いっきり挑発してやる。佐伯のお父さんの声のトーンがどんどん上がっていくのがわかった。

 殴られよう。そう決めた。そうすれば、他人の子どもを警察官が殴ったことになる。罪になる。死んだり、重傷になるのは嫌だけど、ケガをしたら、佐伯の役に立てるかもしれない。佐伯は親だから殴られても、しつけで済むかもしれない。でも、ぼくは? 殴ったら、傷害罪だ。それも子ども。他人の子どもだ。警察官が子どもを殴る。訴えられる。そう思った。ヒリキでかわいそうな子ども! ヒリキでばんざいだ!

 でも、怖くて、本能的に身を伏せてしまった。
 
ごきん。

 音がした。殴られた感じがしないと思ったら、佐伯が殴られていた。それも顔。ぼくをかばったんだ。くそっ。

「お前なんかに、お前なんかに…」

 佐伯は、くそおやじに突進していった。そして、一瞬あぜんとしていたくそおやじに殴りかかった。やばい。反対に佐伯が殺されるかも。

「殺されたくなんかない! おれは、お前のサンドバックじゃない!」

 今まで聞いたことのないような大きな声、そして悲痛な佐伯の声が、暗くて静かな部屋にこだました。一瞬ひるんで、床に腰をついたくそじじいは、すぐに体勢を戻した。さすが、柔道の教官だ。そして、佐伯の胸ぐらをつかんでいる。ヤバい。投げ飛ばされる。

 ぼくは横にいたくそおやじの腰にしがみついた。彼のこぶしがこちらに向いた。

「渋谷、止めろ! 危ない」

 佐伯がやられていて、自分だけかばわれるだけなんて、ごめんだ。ここまできたら、こいつに一発くらいくらわせないと、腹の虫がおさまらない。無理かもしれないけど。でも、でも、絶対に、こんなやつをそのままにしておけない。許せない。

「お前なんかに、お前なんかに、つらい子どもの気持ちがわかるもんか!」

 人生で一番大きな声を出したような気がする。くそおやじのひじが目の下に当たった。痛っ。目にフラッシュがとんだ。目から星が出るって言うけど、本当だ。それでも、手は離さない、絶対。

 光岡に言われてから、ずっと考えていた答え。佐伯のためだけじゃなく、自分のためにもたたかう。母親、くそおやじたち、そういう権力という暴力で自分をおどす人間と対決するんだ。自分の気持ちを形にするんだ! まさか、本当に力でたたかうとは思ってなかったけど。今は佐伯を守らなきゃ。人は思ったことを言って、やりたいことができる。そのことを証明するためにも、絶対このミッションは成功させる。

 くそおやじは、足を使ってきた。横にしがみつくぼくにけりをいれてくる。顔がじんじんする、腹も痛い。こんな思いを佐伯はしていたのか。痛いのか、腹がたつのかわからないけど、熱いものがこみ上げてきた。しがみついてやる。くそおやじの動きくらい止めることはできるはず。

「親父! おれは、お袋を守る! 渋谷も守る! 暴力から守る! こんなやつのために、ダメになってたまるか!」

 佐伯が叫んだ。同じ気持ちだ。ぼくと佐伯は本当の仲間だ。お母さんを守りたい。その
一心で、佐伯はたたかっている。

 そう叫びながら、佐伯はくそおやじの腕にかみついた。そうか、かみつけるんだ。それなら、ぼくにもできる。くそおやじの足に向かって、ぼくはかみついた。ショートパンツ姿のくそおやじは生足だ。

「お前たち! 何をするんだ!」

 くそおやじのほうこそ、何をするんだよ。ぼくら、お子様だぞ! 

「うっ」

 くそおやじが、一瞬、痛そうな声を出した。めちゃくちゃ嬉しい。反撃できた。

 くそおやじが、また足でけってきた。顔に当たった。痛っ。どうすればいい。どうすれば助かるんだろうか。思い切って、かみつくのを止めた。

「殺される! 痛い!」

 痛さをこらえながら、もう一度、大声で叫んだ。どうか、外の人に聞こえてくれ。誰か、警察に通報してくれ。祈るばかりだ。光岡! 助けろ! こんな時に大人に、権力に頼ることしかできない自分が情けない。今はこうしかできない。だけど、きっと、いつか…。

 佐伯もぼくも、必死に、くそおやじにしがみついている。だけど、腰にぶらさがってるだけだ。もう動けない…。早く誰か来て! 神様、お願いだ!



「渋谷! 佐伯!」

 光岡の声がした。一瞬にして、くそおやじの力が抜けた。

「おれは…」
というさみしげな声が聞こえた。

 そして、足音が聞こえた。助かった。同時に、ぼくたち三人は、床に倒れこんだ。

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