届かない声のそばで ― 元自衛官カウンセラー・篠原梓の傾聴録

藤原遊

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第6話 笑顔の仮面が、外せなくなった(前半)

「……“元気だね”って言われるの、たぶん……最近は、ちょっと、しんどいです」

そう言った彼の声は、小さく、けれどどこか“許可”を求めるような響きだった。

名前は村井悠真(むらい ゆうま)、34歳。
広告代理店の営業職。
白シャツに細身のスラックス、手入れされた髪。
第一印象は、“感じが良くて、明るい人”。

でも今、その“明るさ”が、目の奥だけから抜け落ちていた。

「たぶん、期待されてるんですよ。“村井くんがいれば大丈夫”って。
 飲み会の幹事とか、社内イベントとか、“そういうの好きでしょ?”って。
 ……うまくやってきたんですけどね。ずっと」

彼は手のひらで、爪の付け根を押していた。
一見落ち着いて見えるその仕草に、静かな苛立ちが滲んでいる。

「“あいつに頼めば安心”って、言われるたびに……自分の本音を、どこかに隠したまま、
 “あいつ”でい続けるしかなくなるというか」

私は、そっと伝え返した。

「“元気な自分”を、演じている感覚ですか?」

「……そうですね。“そうあるべき”っていう感覚のほうが近いかも」

彼は、初めて視線をこちらに合わせた。
その目は、表情とちぐはぐだった。

「しんどいな、って思っても、笑ってたら“元気なんだな”で終わる。
 ……その“元気なんだな”って言葉が、最近はキツくて。
 本当は、そこから“もうちょっとだけ、声かけてくれたら”って、思ってたりして」

その“思ってたりして”が、彼の精一杯の防御だった。
本音を出したことに対する照れ隠し。
だが、その一瞬の語尾にこそ、彼の孤独がにじんでいた。

私はそのまま、次の言葉を選ばずにいた。
彼自身が、自分の“声の質”に気づいていく時間を、少しでも守るために。
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