届かない声のそばで ― 元自衛官カウンセラー・篠原梓の傾聴録

藤原遊

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(後半)

“配慮して当然”という感情の暴力

「……冷たいって、思われたくないんです。
 でも、“配慮してください”って、感情で迫られるたびに、
 私は“組織としての線”を越えてしまいそうになる」

佐伯美咲の声は静かだったが、
言葉の奥には、長年蓄積された疲労と孤独が濃く滲んでいた。

「“私はつらい”って言われたら、
 “それはお気の毒に”って受け止めなきゃいけない。
 でも、“それでも会社としてはこうです”って線引きした瞬間に、
 “冷たい”“配慮がない”――そうラベリングされるんです」

梓はゆっくり頷いた。

「“感情は理解するが、行動は変えない”という対応を、
 相手は“無視された”と感じてしまう。
 そのすれ違いが、“エモハラ”の構造を生んでいるように感じます」

「はい……。
 たとえば“つらかった”って言われたときに、
 “それは業務上の対応でした”と答えると、
 “気持ちを踏みにじられた”って言われる。
 でも、私は、正確な判断をしなきゃいけない立場なんです。
 そうでなきゃ、会社が壊れる」

「“共感しろ”という圧が、“共感できない自分”を責める方向へ向かうこと、ありませんか」

佐伯は、小さく苦笑した。

「……あります。
 “あの人が泣いてるのに、何も感じなかった私って何なんだろう”って。
 でも、感情に飲み込まれたら、誰も守れなくなるのもわかってて……」

梓の視線が、佐伯の指先に留まる。
握った手が、ずっと震えをこらえているように見えた。

「……誰かのつらさを“盾”にされると、
 こっちの言葉は、全部“無神経”に変わるんです。
 私は誰も傷つけたくないのに、
 いつの間にか“冷たい人間”ってレッテルを貼られている」

しばらく沈黙が流れたのち、梓は穏やかに口を開いた。

「“共感できない自分”に傷ついている時点で、
 佐伯さんは、もう十分すぎるほど感情に向き合っておられます。
 “共感してるのに、共感できないふりをしている”――
 その苦しさを抱えてこられたのではありませんか」

佐伯のまぶたが、一瞬だけ揺れた。

「……ほんとは、
 “わかってる”って、誰かに言ってほしかったのかもしれません」

「“わかってる”と、“できる”は、別ですから。
 わかっていても、できないことがある。
 でも、だからこそ、“人事”としてやってこられたんだと思います」

佐伯は、深く一つ、息を吐いた。

「……少し救われました。
 “冷たい人間”にならないように、
 “線を引く役割”に徹しすぎて、自分がいなくなるところでした」

その表情には、ほんのわずかだが、
張り詰めていた何かが解けたような柔らかさがあった。
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