届かない声のそばで ― 元自衛官カウンセラー・篠原梓の傾聴録

藤原遊

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間章:選び直すということ(スーパービジョン)

「“帰る”って、優しい言葉のはずなのに、
 どうしてあんなに人を縛るんでしょうね」

梓の声は、手にしたカップの温度よりも冷めていた。
河合は、湯気の立つ緑茶をすすりながら、ふっと目尻を下げた。

「ほんまやなあ。“帰る”言うたら、あったかい言葉やと思うのに、
 実際には、“おまえの居場所はここやで”って押しつけられるような感覚にもなる」

「堀内さん、“戻らないと親が悲しむ”って言ってました。
 “行かない”ことの代わりに、“罪悪感”を持って帰っているように見えました」

「ようある話やな。
 “気ぃ遣いの長男”が、自分より“誰かの不安”を背負うてまうんや。
 でもな、それって、本人が“自分のしんどさ”をあと回しにしてるってことでもあるんやで」

梓はふと、自分の胸元を見下ろすように視線を落とした。

「私も、家族とずっと距離をとってきました。
 寮生活に、防衛大、現場任務。
 “帰る”って言葉を、自分にはもう関係のないものだと思ってた時期があります」

河合はうんうんと頷いた。

「でも、ほら。今こうして、その“言葉”に触れとるってことは、
 まだそこに何か、ひっかかってるってことやろ?」

「……帰ることが、“過去に戻ること”みたいに感じてしまうんです。
 今の自分が、昔の形におさまれる気がしなくて」

「そりゃそうや。人は変わってくもんやからな。
 でも“帰る”って、“戻る”ことやなくて、
 “あらためて立ち位置を決める”ってことかもしれへんで」

梓は少し目を細めて、小さく吐息を漏らした。

「……“選び直す”ってこと、ですね」

「そ。過去にした選択がまちがいやったかどうかやなくて、
 “今の自分にとってどないやねん”って問いなおすことが大事なんや」

言葉を返すかわりに、梓はそっと目を閉じた。
“帰る”という言葉の温度が、少しだけ変わった気がした。
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