届かない声のそばで ― 元自衛官カウンセラー・篠原梓の傾聴録

藤原遊

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間章:言葉の力に怯えていた(スーパービジョン)

「“伝える”って、こんなにも重たいことだったんですね」

梓の呟きに、河合は少しだけ湯飲みを揺らしてから、
おだやかに口元をほころばせた。

「せやけど、“伝えへんかったこと”のほうが、
 あとからずしんと効くことも、ようあるんやで」

「……“伝えないまま”が、一番痛い。そう思います」

窓の向こうでは、初夏の風がブラインドを少しだけ揺らしていた。
梓は静かに息を吐いてから言った。

「昔、自衛官だったとき。
 “隊員を守る”って名目で、
 私は“叱る”という形で全ての正しさを振りかざしていた気がします」

「ほう。どんな気持ちで?」

「演じていました。“正しい指揮官”を。
 感情がわからない分、“手順通りに怒る”ことで、
 役割としての安心感を持たせていたつもりでした。
 でも、今思えば……あれは、誰の心にも届いていなかったかもしれません」

河合は少し眉を寄せて、梓の顔をしばらく見てから言った。

「そやけど、その時の梓さんは、それしか手段がなかったんやろ。
 “わからん感情”を扱う代わりに、
 “正しさ”を選んだんやな」

「ええ……。
 でも結局、守ったつもりの部下の一人は、あのあと……」

言葉はそこで切れた。
何も言わずに河合は待った。

「私は、“正しい”を投げたあとに、
 “その人がどう受け取ったか”まで、見届ける余裕を持っていなかった。
 それが、今になって怖いんです」

「なるほどなぁ。
 “正しさ”には、“責任”がついてくる。
 その重さに気づいたからこそ、今こうして、
 “伝え方”を考えてるんやろ?」

梓は、小さく笑った。

「……昔よりは、少しだけ人間らしくなれた気がします」

「そやな。ええことや」
河合はそう言って、空になった湯呑みにお湯を注ぎ足した。

静けさのなかにあったのは、“叱る”という行為が、
かつては武器だった梓が、今では“関係の入口”として使おうとしている――
その静かな変化だった。
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