届かない声のそばで ― 元自衛官カウンセラー・篠原梓の傾聴録

藤原遊

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間章:選ぶということ(スーパービジョン)

「“子どもが欲しいかどうか、わからない”――
 瑞穂さんのその言葉が、ずっと頭に残っているんです」

梓は、湯呑を手に持ったまま、言葉の選び方を慎重にしていた。

「彼女は、“選ばない”ことで、“選べなかった”という痛みをずっと抱えてきた気がしました。
 ――それが、自分にとってもどこか他人事じゃなかったんです」

河合は、卓上に置かれた茶菓子をそっとひとつ手に取りながら、相槌を打つ。

「そうか。……ほんで、梓ちゃん自身は、どうや?
 今まで、“自分のために選んだ”と思えること、あるか?」

その問いに、梓は少し目を伏せた。

「自衛隊に入ったことも、辞めたことも、“自分で選んだ”と思ってました。
 けれど、振り返ってみると……どこか、“こうすべき”で決めてきた気がするんです。
 “感情より正しさ”。“使命より幸福”。
 それを常に天秤にかけて――感情を後回しにしてきたような……」

「なるほどな。
 それで、“選べなかった”こと、いまも残ってる?」

「……あります。
 たとえば、家庭を持つこと。誰かと生きること。
 私は、そこに“選択肢”を持ったことがあるのかどうか、未だにわからないんです」

河合は、頷きながら、そっと言葉を返す。

「“選ぶ自由”は、“誰かの選択に巻き込まれない”ことでもあるからな。
 逆に言うと、ほんまに“自分で決める”って、めちゃくちゃ怖い。
 その分、“生きてる”ってことでもあるけどな」

梓は静かに頷いた。

「……瑞穂さんが、“欲しくない”んじゃなくて、“欲しいかどうかわからない”って言ったとき、
 その“わからなさ”の中にこそ、本音があるんじゃないかと思いました」

「せやな。“わからない”って、だいたい、“ほんとはちょっと思ってる”証拠や」

河合は軽く笑ってから、目を細めた。

「そろそろ、あんた自身も、自分の“わからない”を放置せんと向き合う時期かもしれへんで。
 だって、ここまで来たやないか、ちゃんと」

梓は、湯呑のぬくもりを指先に感じながら、
どこか遠くを見るような目をした。

「……はい。わからないままにしないこと。
 選べる人間でいること。
 それが、少しずつ、私の輪郭になってきた気がします」


“誰かの人生に触れる”という仕事を通して、
自分の人生に触れ返す。

梓は今、その境界をゆっくり、静かに越えようとしていた。
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