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第47話(後半)
動けないのは、甘えでしょうか
「“誰でもできること”しかしていない、って感じるんですね」
梓の声は、あいかわらず淡々としていた。
でも、その音の奥には、本郷の語りをじっと観察していた気配がにじんでいる。
「でも、それが“自分じゃなくてもいい”こととは、違う気がします」
本郷は、思わず顔を上げた。
梓は、彼女の目を正面から見つめながら続ける。
「“誰でもできること”かもしれません。
でも、“あなたがそれをしている”という事実は、
あなた以外の誰にも変えられない。
……それを、少しだけ大事にしてほしいんです」
•
本郷の瞳に、かすかな濁りが浮かぶ。
それは涙というよりも、長いあいだ蓄積された“責任の圧”が
わずかに崩れかけた瞬間だった。
「私……頑張ってきたって、言ってもいいんでしょうか」
「頑張ってます。ずっと。
ただ、頑張る方向を変えるタイミングが、来ただけかもしれません」
•
本郷は、ポーチから小さなタオルを取り出して、目元にあてた。
「“助けてください”って、どこかに言ってもいいんですかね……」
「“助けてください”と言える人は、
“助けを必要としている人”を、見つけられる人でもあると思います」
梓の声は静かだった。
でも、その静けさは、寒さの中のストーブのような温もりを持っていた。
•
「……誰かに助けてもらうのは、逃げじゃないんですね」
「はい。“支える”ことと、“倒れないように耐える”ことは、ちがいます。
本郷さんが、これからも誰かを支えるためには――
まずご自身が、ちゃんと立っていられることが必要だと思います」
•
帰り際、本郷は、
「今日は自分のことを“許して”もらえた気がします」と言った。
梓はその言葉に、かすかに口角を上げて答えた。
「許していいことを、許すだけで、
人生は案外、立て直せるのかもしれませんね」
•
本郷の背中が小さくなっていくのを見送りながら、
梓は思う。
“許す”という行為は、
他人に対してよりも、自分に向けるほうがずっとむずかしい。
それでも――
そうして“自分であること”をもう一度選びなおす人たちの言葉に、
今日も梓は耳を澄ませていた。
動けないのは、甘えでしょうか
「“誰でもできること”しかしていない、って感じるんですね」
梓の声は、あいかわらず淡々としていた。
でも、その音の奥には、本郷の語りをじっと観察していた気配がにじんでいる。
「でも、それが“自分じゃなくてもいい”こととは、違う気がします」
本郷は、思わず顔を上げた。
梓は、彼女の目を正面から見つめながら続ける。
「“誰でもできること”かもしれません。
でも、“あなたがそれをしている”という事実は、
あなた以外の誰にも変えられない。
……それを、少しだけ大事にしてほしいんです」
•
本郷の瞳に、かすかな濁りが浮かぶ。
それは涙というよりも、長いあいだ蓄積された“責任の圧”が
わずかに崩れかけた瞬間だった。
「私……頑張ってきたって、言ってもいいんでしょうか」
「頑張ってます。ずっと。
ただ、頑張る方向を変えるタイミングが、来ただけかもしれません」
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「“助けてください”って、どこかに言ってもいいんですかね……」
「“助けてください”と言える人は、
“助けを必要としている人”を、見つけられる人でもあると思います」
梓の声は静かだった。
でも、その静けさは、寒さの中のストーブのような温もりを持っていた。
•
「……誰かに助けてもらうのは、逃げじゃないんですね」
「はい。“支える”ことと、“倒れないように耐える”ことは、ちがいます。
本郷さんが、これからも誰かを支えるためには――
まずご自身が、ちゃんと立っていられることが必要だと思います」
•
帰り際、本郷は、
「今日は自分のことを“許して”もらえた気がします」と言った。
梓はその言葉に、かすかに口角を上げて答えた。
「許していいことを、許すだけで、
人生は案外、立て直せるのかもしれませんね」
•
本郷の背中が小さくなっていくのを見送りながら、
梓は思う。
“許す”という行為は、
他人に対してよりも、自分に向けるほうがずっとむずかしい。
それでも――
そうして“自分であること”をもう一度選びなおす人たちの言葉に、
今日も梓は耳を澄ませていた。
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