不要とされた私が、拾われた先で人生を立て直すまで

藤原遊

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第16話 夏の仕事

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夏は、音を伴ってやってくる。

朝の空気が軽くなり、日差しがはっきりと肌に触れるようになった頃、
セシリアは水路の前に立っていた。

春先に整えた流れは悪くない。
けれど、時間帯によって水量が落ちる箇所がある。

「……ここ、少し狭いですね」

指で示すと、隣に立っていたラグナが頷いた。

「そうですね。
広げるなら、ここから先まで一気にやった方がいいと思います」

「途中で止めると、澱みができますよね」

「ええ。
中途半端にすると、結局詰まりやすくなります」

セシリアは水路全体を見渡した。

本当は、他の地域から人を呼ぶつもりだった。
水路の拡張や水車小屋の整備は、人手が要る。
だが、この土地は魔境に近い。
わざわざ来ようとする者は、ほとんどいなかった。

「今年は……」

帳面を閉じて、セシリアは言う。

「当番制で回している分、
村の方に少し余裕が出ています」

「はい」

「ですから、この工事は村の皆さんに依頼したいと思います」

ラグナが、少しだけ首を傾げた。

「……自分たちの村の仕事、ですよね」

「ええ」

セシリアは頷く。

「依頼です。
仕事として、きちんとお願いしたい」

一拍、間があった。

「報酬も、支払います」

そう言うと、ラグナは少し考え込み、それから言った。

「……正直、ちょっと不思議ですけど」

「不思議、ですか」

「はい。
自分たちの村の整備ですから」

拒む様子はない。
ただ、戸惑っているだけだ。

「それでも」

セシリアは静かに続ける。

「これは、私が領主として決めた工事です。
手間も時間も、皆さんにかかります」

ラグナは一度、息を吐き、頷いた。

「……分かりました。
じゃあ、こちらで人をまとめます」

その言葉は、もう迷っていなかった。

翌日から、作業は始まった。

ラグナの指示で人が集まり、道具が運ばれる。

「そこ、もう少し掘ってください」
「石は、こっちに積んでおきましょう」

声は落ち着いているが、現場はよく動く。

セシリアは現場を回り、判断が必要なところだけを確認した。

「水車小屋は、川に近すぎない方が良さそうですね」

「そうですね。
増水したら、持っていかれますから」

「基礎は、少し高めで」

「了解です」

それで話は終わった。

水路は日ごとに広がり、水の流れが安定していく。
水車小屋の骨組みも、少しずつ形を持ち始めた。

「思ったより、ちゃんとしたものになりそうですね」

誰かが言う。

「まあ、ちゃんと作ってますから」

別の声が返り、小さな笑いが起きる。

昼休み、木陰で水を飲みながら、ラグナが声をかけてきた。

「外から人を呼ぶ予定だったって、聞きました」

「ええ。
でも、来ませんでした」

「……このやり方も、悪くないですね」

「そう思います」

余った人手が、この土地に回っている。
それだけのことだ。

夕方、水路の端に立つ。

流れは、前よりも太くなっていた。
水車小屋の影が、水面に揺れている。

「今年の夏は、忙しくなりそうですね」

ラグナの言葉に、セシリアは小さく頷いた。

「ええ。
でも、回ります」

ラグナは「そうですね」とだけ言って、
再び現場へ戻っていった。

水の流れる音。
木を打つ音。
人の声。

夏の中で、この土地は、少しずつ形を変えていく。
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