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第12話:信仰は、誰かを救いながら、誰かを線引く
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「マリア様、ちょっといいですか?」
午後、祈祷の帰り道。声をかけてきたのは、巡礼の青年だった。
白と金の刺繍をあしらった東方風の旅装。胸元には小さなペンダント――
エレオノーラの印章だ。東の聖女を信仰する信者がよく身につけているという。
「どうぞ。お話ならここで」
「ありがとうございます。あの……失礼を承知でお聞きしますが、
マリア様は、どうして“神の御名”をお口にされないのですか?」
……ああ、そうきたか。
この質問、もう何度目だろう。
「私の“祈り”は、ちょっと変わってるんですよ。名前を呼ぶんじゃなくて、誰かに届くように考えて、話すだけなんです」
「……ですが、それでは、神意が伝わりません。
神に祈るならば、神の名をもって捧げねば――」
「……それは、あなたの信じる神様のルール、ですよね?」
青年は、口をつぐんだ。
けれど、その目は納得していなかった。
そして――小さく、こう呟いた。
「……“似ているようで、違う”というのが、余計に怖いのです」
その言葉に、私は少しだけ、胸が痛くなった。
似ているのに、違う。
だから、信じてはいけない。
だから、切り分けなければならない。
それは信仰という名の、線引きだ。
奇跡が起きる。言葉が届く。誰かが救われる。
でもそれが“自分の信じる形式”じゃないとき――
人は不安になる。
「間違ってるのは、どっちだ?」
「正しいのは、誰なんだ?」
そんな問いが、心の奥に棘のように刺さる。
それが、やがて“対立”になる。
私は、それを知っている。
前世でも、それで人が壊れていくのを、何度も見てきた。
だから、今はまだ、答えを出したくなかった。
「……あなたの信仰を、否定したりしません。
でも私のやり方も、誰かを救えてるなら――少しだけ、見逃してもらえませんか?」
青年は何かを言いたげに口を開き、けれど結局、何も言わずに去っていった。
その夜。
私は、日記のように語録を書き綴っていたクラリスに、ふと聞いた。
「クラリス。もし“本物の聖女”と“偽物の聖女”が同時に存在していたら……あなたは、どっちを信じる?」
クラリスは一瞬、手を止めた。
けれど、すぐに答えた。
「私は、マリア様が奇跡を起こそうが起こすまいが……信じています。
だって、“聖女かどうか”は結果じゃなくて、“隣にいてくれるかどうか”だと思うから」
……この子、やっぱりたまにすごいこと言うな。
でも――その“信じ方”ができる人ばかりじゃないのも、事実だ。
そして明日もまた、別の誰かが、
「マリア様は“正しい”のですか?」と問いかけてくる。
答えは、まだない。
でも、“選ばせる空気”だけは、確実に広がり始めている。
午後、祈祷の帰り道。声をかけてきたのは、巡礼の青年だった。
白と金の刺繍をあしらった東方風の旅装。胸元には小さなペンダント――
エレオノーラの印章だ。東の聖女を信仰する信者がよく身につけているという。
「どうぞ。お話ならここで」
「ありがとうございます。あの……失礼を承知でお聞きしますが、
マリア様は、どうして“神の御名”をお口にされないのですか?」
……ああ、そうきたか。
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「私の“祈り”は、ちょっと変わってるんですよ。名前を呼ぶんじゃなくて、誰かに届くように考えて、話すだけなんです」
「……ですが、それでは、神意が伝わりません。
神に祈るならば、神の名をもって捧げねば――」
「……それは、あなたの信じる神様のルール、ですよね?」
青年は、口をつぐんだ。
けれど、その目は納得していなかった。
そして――小さく、こう呟いた。
「……“似ているようで、違う”というのが、余計に怖いのです」
その言葉に、私は少しだけ、胸が痛くなった。
似ているのに、違う。
だから、信じてはいけない。
だから、切り分けなければならない。
それは信仰という名の、線引きだ。
奇跡が起きる。言葉が届く。誰かが救われる。
でもそれが“自分の信じる形式”じゃないとき――
人は不安になる。
「間違ってるのは、どっちだ?」
「正しいのは、誰なんだ?」
そんな問いが、心の奥に棘のように刺さる。
それが、やがて“対立”になる。
私は、それを知っている。
前世でも、それで人が壊れていくのを、何度も見てきた。
だから、今はまだ、答えを出したくなかった。
「……あなたの信仰を、否定したりしません。
でも私のやり方も、誰かを救えてるなら――少しだけ、見逃してもらえませんか?」
青年は何かを言いたげに口を開き、けれど結局、何も言わずに去っていった。
その夜。
私は、日記のように語録を書き綴っていたクラリスに、ふと聞いた。
「クラリス。もし“本物の聖女”と“偽物の聖女”が同時に存在していたら……あなたは、どっちを信じる?」
クラリスは一瞬、手を止めた。
けれど、すぐに答えた。
「私は、マリア様が奇跡を起こそうが起こすまいが……信じています。
だって、“聖女かどうか”は結果じゃなくて、“隣にいてくれるかどうか”だと思うから」
……この子、やっぱりたまにすごいこと言うな。
でも――その“信じ方”ができる人ばかりじゃないのも、事実だ。
そして明日もまた、別の誰かが、
「マリア様は“正しい”のですか?」と問いかけてくる。
答えは、まだない。
でも、“選ばせる空気”だけは、確実に広がり始めている。
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