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第14話:神様はたぶん、“議事録”を読んでない
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「マリア=フェルツィア様。これはあくまで“指導”であり、“処罰”ではありません。お間違えなきように」
そう言ったのは、初老の男だった。
司教代理、セラヴィウス。
教会の上層部が派遣してきた、“教義監査人”である。
大仰な服と香油の匂い、そして“正しさ”という名の威圧を身にまとい、彼は堂々と私の前に現れた。
「“祈りの自由会”なる集会について、上層部では懸念の声が上がっております。
神の名を明示せず、教義の形式を外れた祈祷が行われていると――事実ですか?」
私はひとつ、深く息を吸って、うなずいた。
「はい。事実です。
でも、それで救われた人がいるのも、また事実です」
セラヴィウスは眉ひとつ動かさずに返す。
「“救い”があったかどうかは、神と教会が判断します。
個人の“感情”を根拠に、教義を越えてよい理由にはなりません」
ああ、これだ。
この冷たさ。
“信仰の形式”を“真実”より優先する、そのやり方。
昔、前世で私はこういう“教会”を演じていた。
もっともらしい言葉で人を囲い、金を取る。
だけど、まさか転生後に本物に会うとは思わなかった。
「……でも、形式に救われない人もいるんです。
教義が重すぎて、息ができなくなる人もいる。
だから私は、“選べる祈り”を残したいんです」
セラヴィウスは、わずかに鼻を鳴らした。
「“選べる信仰”など、無秩序の温床にすぎません。
奇跡が起きる以上、あなたの存在は“国の神権”に直結する。
それはもはや、個人の理想ではないのです。……自覚なさい」
……やっぱり、来たな。
“聖女”の力を、“信仰の自由”ではなく“国策”に変えようとする流れ。
いずれ来るとは思っていた。
だけど、思っていたより早かった。
「……それなら、私は“奇跡”をやめた方がいいんでしょうか?」
私は冗談めかして言った。
けれど、セラヴィウスの目は変わらなかった。
「もしそうなれば、教会は“神意の断絶”としてあなたを“聖女の座”から解き放つでしょう」
つまり――追放、ってことね。
どれだけ人を救っても、“正しさ”に従わなければ居場所はなくなる。
信仰の本質より、“枠組み”の方が大事にされる世界。
「……あなたは、“救われたと信じる人の声”より、“議事録に記された定義”を神だと考えているんですね」
「それは“教義”というものです。
神が直接語られぬ以上、人が理解できる形に整えることが信仰なのです」
……まあ、たしかにそれも一理ある。
人は、言葉でしか神を信じられない。
だから教典が生まれ、組織が生まれ、正しさが整備される。
でも。
それが人を追い詰めるなら、
それは、もう信仰じゃなくてルールだ。
「マリア様……どうなさいますか?」
会談の間、隅で沈黙を守っていたクラリスが、絞るような声で尋ねた。
私は――静かに答えた。
「……私は、信じた人を守りたいだけ。
その人たちが“祈りたい”と思える場所を奪いたくない。
それが罪だと言われるなら、私は“罪”で構わないです」
セラヴィウスは言った。
「ならば、正式な聖女としての身分において、その責任を問う場を設けましょう。
司教会は、一ヶ月後に“審問”の席を設ける予定です。ご準備を」
……つまり。
“信仰”か、“制度”か。
私が選ばなかった方が、切り捨てられる。
村の誰かを守れば、私は“聖女”でいられなくなるかもしれない。
でも――
それでも、私は“偽物”だからこそ、選べる気がした。
そう言ったのは、初老の男だった。
司教代理、セラヴィウス。
教会の上層部が派遣してきた、“教義監査人”である。
大仰な服と香油の匂い、そして“正しさ”という名の威圧を身にまとい、彼は堂々と私の前に現れた。
「“祈りの自由会”なる集会について、上層部では懸念の声が上がっております。
神の名を明示せず、教義の形式を外れた祈祷が行われていると――事実ですか?」
私はひとつ、深く息を吸って、うなずいた。
「はい。事実です。
でも、それで救われた人がいるのも、また事実です」
セラヴィウスは眉ひとつ動かさずに返す。
「“救い”があったかどうかは、神と教会が判断します。
個人の“感情”を根拠に、教義を越えてよい理由にはなりません」
ああ、これだ。
この冷たさ。
“信仰の形式”を“真実”より優先する、そのやり方。
昔、前世で私はこういう“教会”を演じていた。
もっともらしい言葉で人を囲い、金を取る。
だけど、まさか転生後に本物に会うとは思わなかった。
「……でも、形式に救われない人もいるんです。
教義が重すぎて、息ができなくなる人もいる。
だから私は、“選べる祈り”を残したいんです」
セラヴィウスは、わずかに鼻を鳴らした。
「“選べる信仰”など、無秩序の温床にすぎません。
奇跡が起きる以上、あなたの存在は“国の神権”に直結する。
それはもはや、個人の理想ではないのです。……自覚なさい」
……やっぱり、来たな。
“聖女”の力を、“信仰の自由”ではなく“国策”に変えようとする流れ。
いずれ来るとは思っていた。
だけど、思っていたより早かった。
「……それなら、私は“奇跡”をやめた方がいいんでしょうか?」
私は冗談めかして言った。
けれど、セラヴィウスの目は変わらなかった。
「もしそうなれば、教会は“神意の断絶”としてあなたを“聖女の座”から解き放つでしょう」
つまり――追放、ってことね。
どれだけ人を救っても、“正しさ”に従わなければ居場所はなくなる。
信仰の本質より、“枠組み”の方が大事にされる世界。
「……あなたは、“救われたと信じる人の声”より、“議事録に記された定義”を神だと考えているんですね」
「それは“教義”というものです。
神が直接語られぬ以上、人が理解できる形に整えることが信仰なのです」
……まあ、たしかにそれも一理ある。
人は、言葉でしか神を信じられない。
だから教典が生まれ、組織が生まれ、正しさが整備される。
でも。
それが人を追い詰めるなら、
それは、もう信仰じゃなくてルールだ。
「マリア様……どうなさいますか?」
会談の間、隅で沈黙を守っていたクラリスが、絞るような声で尋ねた。
私は――静かに答えた。
「……私は、信じた人を守りたいだけ。
その人たちが“祈りたい”と思える場所を奪いたくない。
それが罪だと言われるなら、私は“罪”で構わないです」
セラヴィウスは言った。
「ならば、正式な聖女としての身分において、その責任を問う場を設けましょう。
司教会は、一ヶ月後に“審問”の席を設ける予定です。ご準備を」
……つまり。
“信仰”か、“制度”か。
私が選ばなかった方が、切り捨てられる。
村の誰かを守れば、私は“聖女”でいられなくなるかもしれない。
でも――
それでも、私は“偽物”だからこそ、選べる気がした。
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