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第19話:奇跡じゃなくても、願っていいですか?
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「この子は、弟のことを祈ってるんですよ」
クラリスが、広場で手を合わせる少年を紹介した。
その子は、小石を指でつつきながら、誰にも聞こえない声で何かを呟いている。
「病気か何か?」
「いいえ。弟さん、戦で行方不明だそうです。だから……“どこかで無事でいて”って」
ああ。
“願い”って、本当に言葉にならないときほど、強くなる。
祈っている、というより、縋っている。
でもそれがたぶん、一番、神様に近い姿。
「……奇跡は、起きましたか?」
カインの声が背後から落ちてきた。
相変わらず、乾いた言い回し。
でも今日は少し、間が長い。
「いいえ。起きてません。
でも、“祈ることで今日を越えられた”なら、それで十分だと思います」
カインは無言で、別の祈祷者たちに目を移す。
老婆が亡き夫を思って、
旅人が道中の無事を願って、
子どもが“今日も怒られませんように”と両手をぎゅっと合わせていた。
「この村の祈りには、“形式”がない。
誰も神名を唱えず、決まった姿勢もなく、祝詞もない。
……これは本当に“祈り”と呼べるのか?」
「呼びたくなければ、呼ばなくてもいいですよ?」
私はあっさり言った。
「でも、それを見て“祈りだ”と思った人がいたなら――
きっと、それは祈りだったんです」
カインの目が、わずかに揺れた。
たぶん彼の中で、何かが噛み合わなかったんだと思う。
論理と、情緒と、実際に目の前で行われている光景とが。
「……あなたは、奇跡を管理しない。
言葉を持たず、意味を教えず、ただ“好きにしていい”と伝えるだけだ。
それが“信仰”と呼べるのなら、我々の教会は何をしていた?」
「“教えてくれる信仰”も、“黙って隣にいる信仰”も、両方あっていいんじゃないですか?」
「……矛盾しています」
「人間が矛盾してるんだから、信じるものも矛盾してて当然です」
カインは小さく息を吐いた。
「私は、まだあなたを“異端”と断じる気にはなれません。
ですが、このやり方が広がった先にあるものが、救いばかりとは限らないことも――
あなたは、理解しておくべきです」
「ええ、わかってます。
でも“正しい祈り方”が、すべての人を救えるとは限らないんです。
だから私は、“選べる祈り”を残しておきたい」
そのとき。
小さな子が近寄って、カインにそっと花を差し出した。
「これ、“神様に渡してください”って、さっき言ってたから……あげる」
カインは驚いたように目を見開き、しばらく花を見つめていた。
そして、ぎこちなく、受け取った。
その手元に咲く、ありふれた白い野の花。
でも――その小さな祈りに、何かが宿っているのを、
彼自身、否定しきれないようだった。
──その夜、彼は日誌にこう書いた。
『この村には、“祈りの形”がない。
だが、形のない祈りほど、誰かの本音が混じっている気がする。
……これは、監察対象ではなく、観察対象とすべきかもしれない』
クラリスが、広場で手を合わせる少年を紹介した。
その子は、小石を指でつつきながら、誰にも聞こえない声で何かを呟いている。
「病気か何か?」
「いいえ。弟さん、戦で行方不明だそうです。だから……“どこかで無事でいて”って」
ああ。
“願い”って、本当に言葉にならないときほど、強くなる。
祈っている、というより、縋っている。
でもそれがたぶん、一番、神様に近い姿。
「……奇跡は、起きましたか?」
カインの声が背後から落ちてきた。
相変わらず、乾いた言い回し。
でも今日は少し、間が長い。
「いいえ。起きてません。
でも、“祈ることで今日を越えられた”なら、それで十分だと思います」
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旅人が道中の無事を願って、
子どもが“今日も怒られませんように”と両手をぎゅっと合わせていた。
「この村の祈りには、“形式”がない。
誰も神名を唱えず、決まった姿勢もなく、祝詞もない。
……これは本当に“祈り”と呼べるのか?」
「呼びたくなければ、呼ばなくてもいいですよ?」
私はあっさり言った。
「でも、それを見て“祈りだ”と思った人がいたなら――
きっと、それは祈りだったんです」
カインの目が、わずかに揺れた。
たぶん彼の中で、何かが噛み合わなかったんだと思う。
論理と、情緒と、実際に目の前で行われている光景とが。
「……あなたは、奇跡を管理しない。
言葉を持たず、意味を教えず、ただ“好きにしていい”と伝えるだけだ。
それが“信仰”と呼べるのなら、我々の教会は何をしていた?」
「“教えてくれる信仰”も、“黙って隣にいる信仰”も、両方あっていいんじゃないですか?」
「……矛盾しています」
「人間が矛盾してるんだから、信じるものも矛盾してて当然です」
カインは小さく息を吐いた。
「私は、まだあなたを“異端”と断じる気にはなれません。
ですが、このやり方が広がった先にあるものが、救いばかりとは限らないことも――
あなたは、理解しておくべきです」
「ええ、わかってます。
でも“正しい祈り方”が、すべての人を救えるとは限らないんです。
だから私は、“選べる祈り”を残しておきたい」
そのとき。
小さな子が近寄って、カインにそっと花を差し出した。
「これ、“神様に渡してください”って、さっき言ってたから……あげる」
カインは驚いたように目を見開き、しばらく花を見つめていた。
そして、ぎこちなく、受け取った。
その手元に咲く、ありふれた白い野の花。
でも――その小さな祈りに、何かが宿っているのを、
彼自身、否定しきれないようだった。
──その夜、彼は日誌にこう書いた。
『この村には、“祈りの形”がない。
だが、形のない祈りほど、誰かの本音が混じっている気がする。
……これは、監察対象ではなく、観察対象とすべきかもしれない』
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