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第21話:祈りに資格がいるなら、私はずっと黙っていた
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その子は、教会の門の前で夜を明かしていた。
フードを深くかぶって、荷物はほとんどない。
でも――背中が、すごく沈んでいた。
まるで自分の存在が、地面にめり込んでいくのを止めようとしてるみたいに。
「おはよう。……朝ごはん、食べる?」
とりあえず声をかけてみた。
すると、彼女はほんの少しだけ顔を上げた。
焦げ茶の髪。灰色の瞳。
でもその目は、私を見てるようで、どこも見ていなかった。
「……“誰でも祈っていい”って、本当ですか?」
届くかどうか、ギリギリの声だった。
でも、届いてほしいと願っていることだけは、よくわかった。
「本当だよ。うん。
ていうか、誰が言ったの? “ダメ”って」
「……生まれたときから、言われてました。
“お前の家の血には、神の声は届かない”って……。
私は、罪人の娘だから。……祈っちゃいけないんです」
ああ……そういうやつか。
制度が勝手に貼った“罪”のラベル。
生まれる前から課された汚名が、
祈る自由すら奪ってるって話――まだ、残ってたのね。
「名前は?」
「……レティシア」
「レティシア。ようこそ、“資格ゼロ祈祷所”へ」
「……え?」
「うちの教会ね、“血筋”も“地位”も“肩書き”も無視だから。
ここでは、“祈ってもいいですか”って許可、誰にも取らなくていいよ」
レティシアは動かなかった。
信じたいけど信じきれないとき、人はたいてい石像になる。
なので私はそのまま、隣に腰を下ろした。
「……前の人生でね、私、“偽の奇跡”見せてたの」
「……え?」
「信じさせて、お金もらって、“ありがとう”って言われて。
でもその中で、ほんとに救われた顔をする人がいたのよ」
「……偽物だったのに?」
「そう。だから最近、思うようになったんだ。
“本物かどうか”って、案外どうでもいいなって。
だって、信じた人の顔のほうが、ずっと本物だったから」
しばらく、沈黙が続いた。
でもそのあと、レティシアの唇が、そっと動いた。
まるで砂の中から何かをすくい上げるみたいに、静かな声で。
「……神様は、私のこと、見てると思いますか?」
「うん。きっとね。
でも、何よりちゃんと見てるのは――“祈ってるレティシア”のほうだと思う」
「……もし、何も変わらなかったら?」
「それでもさ、“願ったことがある”って、自分にとって意味あるよ」
それきり、レティシアはまた黙った。
でも。
朝の光が差し込んで、鳥の声が聞こえ始めたころ――
彼女は、ぎこちなく両手を胸の前で組んだ。
そして、そっと唇を動かした。
「……どうか、誰かを……憎まずに済みますように……」
それは、小さくて、震えていて。
でも確かに、“祈り”だった。
私の心の奥が、少しだけ温かくなる。
ああ、そうか。
“祈ってもいいんだ”って誰かが思えた瞬間――
それが、たぶん、一番ちゃんとした奇跡だ。
フードを深くかぶって、荷物はほとんどない。
でも――背中が、すごく沈んでいた。
まるで自分の存在が、地面にめり込んでいくのを止めようとしてるみたいに。
「おはよう。……朝ごはん、食べる?」
とりあえず声をかけてみた。
すると、彼女はほんの少しだけ顔を上げた。
焦げ茶の髪。灰色の瞳。
でもその目は、私を見てるようで、どこも見ていなかった。
「……“誰でも祈っていい”って、本当ですか?」
届くかどうか、ギリギリの声だった。
でも、届いてほしいと願っていることだけは、よくわかった。
「本当だよ。うん。
ていうか、誰が言ったの? “ダメ”って」
「……生まれたときから、言われてました。
“お前の家の血には、神の声は届かない”って……。
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ああ……そういうやつか。
制度が勝手に貼った“罪”のラベル。
生まれる前から課された汚名が、
祈る自由すら奪ってるって話――まだ、残ってたのね。
「名前は?」
「……レティシア」
「レティシア。ようこそ、“資格ゼロ祈祷所”へ」
「……え?」
「うちの教会ね、“血筋”も“地位”も“肩書き”も無視だから。
ここでは、“祈ってもいいですか”って許可、誰にも取らなくていいよ」
レティシアは動かなかった。
信じたいけど信じきれないとき、人はたいてい石像になる。
なので私はそのまま、隣に腰を下ろした。
「……前の人生でね、私、“偽の奇跡”見せてたの」
「……え?」
「信じさせて、お金もらって、“ありがとう”って言われて。
でもその中で、ほんとに救われた顔をする人がいたのよ」
「……偽物だったのに?」
「そう。だから最近、思うようになったんだ。
“本物かどうか”って、案外どうでもいいなって。
だって、信じた人の顔のほうが、ずっと本物だったから」
しばらく、沈黙が続いた。
でもそのあと、レティシアの唇が、そっと動いた。
まるで砂の中から何かをすくい上げるみたいに、静かな声で。
「……神様は、私のこと、見てると思いますか?」
「うん。きっとね。
でも、何よりちゃんと見てるのは――“祈ってるレティシア”のほうだと思う」
「……もし、何も変わらなかったら?」
「それでもさ、“願ったことがある”って、自分にとって意味あるよ」
それきり、レティシアはまた黙った。
でも。
朝の光が差し込んで、鳥の声が聞こえ始めたころ――
彼女は、ぎこちなく両手を胸の前で組んだ。
そして、そっと唇を動かした。
「……どうか、誰かを……憎まずに済みますように……」
それは、小さくて、震えていて。
でも確かに、“祈り”だった。
私の心の奥が、少しだけ温かくなる。
ああ、そうか。
“祈ってもいいんだ”って誰かが思えた瞬間――
それが、たぶん、一番ちゃんとした奇跡だ。
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