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第33話:名を捨てても、信じる場所は残したい
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「……“マリア教”って言葉、聞いたことあります?」
クラリスが、まるで毒でも盛るみたいに申し訳なさそうな顔で言ってきたとき、
私は心の中で「はい、出ました」と静かに天を仰いだ。
「正式な宗派じゃないんですけど、都市のほうで噂になってるらしくて……
“聖女マリアの教えで癒された村”とか、“マリア式の祈り”とか……」
ああ、それね。
それは、優しさの模倣だった。
でも、同時に――ものすごく危ない芽でもあった。
セオドアは、思いのほか前向きだった。
「……逆に言えば、信仰が広がっている証拠です。
“名前があるから届く”というのも、事実でしょう」
「うん。だからこそ、怖いんだよ」
私は穏やかに、でも釘を刺すように言った。
「“名前”があると、“形”になる。
形ができると、“正しさ”になる。
“マリア式の祈りが正しい”――そう言われた瞬間に、他の祈りが“間違い”にされる」
ライオネルが低くうなるように呟いた。
「つまり……“名を持つことで、祈りが他人の武器になる”ってことか」
「そう。祈りが“道しるべ”じゃなくて、“旗印”になるんだよ。
で、旗っていうのは、いつだって誰かの頭の上に立つものだから」
沈黙が落ちた。
私の言葉が、そこにいた全員の背中を少しだけ冷たくしたのが分かった。
だからこそ、私はその場で宣言した。
「……もう、“聖女マリア”って名乗るの、やめようと思うの」
クラリスがはっとして顔を上げた。
セオドアも、一瞬だけ何かを飲み込むように息を止めた。
「名前なんてなくていい。
誰かの隣に腰かけて、“それでも祈っていい”って言える存在であれば、それでいい」
「でも、それじゃ……誰もあなたを見つけられなくなる……!」
クラリスが言いかけて、途中で止まった。
そして、気づいたようにぽつりと呟いた。
「……ああ。だから、“見つけられなくていい”んですね」
私は笑った。
その笑いには、教祖だった頃の後悔と、今の確信がちゃんと混ざっていた。
「うん。“祈りの形”って、“誰にも見つけられなくても、ちゃんと祈れること”だと思うんだ」
あの頃、私は“名が広がること”を信仰の証にしていた。
でも、今はちがう。
名が消えても、祈りが残る――それが、たぶん本当に信じるということだ。
「“名がなくても、誰かが立ち上がれる”。
……それを信じられるなら、私はもう名乗らなくていい」
風が吹いた。
足元の小さな野の花が、ゆっくりと揺れた。
誰にも名を呼ばれなくても、ただそこに咲いている。
それだけで、充分だと思えた。
クラリスが、まるで毒でも盛るみたいに申し訳なさそうな顔で言ってきたとき、
私は心の中で「はい、出ました」と静かに天を仰いだ。
「正式な宗派じゃないんですけど、都市のほうで噂になってるらしくて……
“聖女マリアの教えで癒された村”とか、“マリア式の祈り”とか……」
ああ、それね。
それは、優しさの模倣だった。
でも、同時に――ものすごく危ない芽でもあった。
セオドアは、思いのほか前向きだった。
「……逆に言えば、信仰が広がっている証拠です。
“名前があるから届く”というのも、事実でしょう」
「うん。だからこそ、怖いんだよ」
私は穏やかに、でも釘を刺すように言った。
「“名前”があると、“形”になる。
形ができると、“正しさ”になる。
“マリア式の祈りが正しい”――そう言われた瞬間に、他の祈りが“間違い”にされる」
ライオネルが低くうなるように呟いた。
「つまり……“名を持つことで、祈りが他人の武器になる”ってことか」
「そう。祈りが“道しるべ”じゃなくて、“旗印”になるんだよ。
で、旗っていうのは、いつだって誰かの頭の上に立つものだから」
沈黙が落ちた。
私の言葉が、そこにいた全員の背中を少しだけ冷たくしたのが分かった。
だからこそ、私はその場で宣言した。
「……もう、“聖女マリア”って名乗るの、やめようと思うの」
クラリスがはっとして顔を上げた。
セオドアも、一瞬だけ何かを飲み込むように息を止めた。
「名前なんてなくていい。
誰かの隣に腰かけて、“それでも祈っていい”って言える存在であれば、それでいい」
「でも、それじゃ……誰もあなたを見つけられなくなる……!」
クラリスが言いかけて、途中で止まった。
そして、気づいたようにぽつりと呟いた。
「……ああ。だから、“見つけられなくていい”んですね」
私は笑った。
その笑いには、教祖だった頃の後悔と、今の確信がちゃんと混ざっていた。
「うん。“祈りの形”って、“誰にも見つけられなくても、ちゃんと祈れること”だと思うんだ」
あの頃、私は“名が広がること”を信仰の証にしていた。
でも、今はちがう。
名が消えても、祈りが残る――それが、たぶん本当に信じるということだ。
「“名がなくても、誰かが立ち上がれる”。
……それを信じられるなら、私はもう名乗らなくていい」
風が吹いた。
足元の小さな野の花が、ゆっくりと揺れた。
誰にも名を呼ばれなくても、ただそこに咲いている。
それだけで、充分だと思えた。
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