虐げられ王女と忠誠の騎士〜運命を結ぶ婚約の物語〜

藤原遊

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王妃の部屋を出ると、ヴィクターは無意識に深く息を吐いた。
その短い会話の中で、彼女がどれほど狡猾に周囲を操っているかを実感した。表向きには微笑を浮かべながらも、その裏に潜む計算は明白だった。

「王宮を生き抜くには、誠実さだけでは足りない、か。」

王妃の言葉が頭をよぎる。
彼女は間違っていない。だが、それでもヴィクターは自身の信念を捨てるつもりはなかった。

彼はその足で、自分の部屋へと戻る。廊下の静けさが、王宮内の緊張感を際立たせていた。途中、何人かの貴族とすれ違ったが、彼らの目はどれも冷たく、あるいは嘲るようだった。

「敵ばかりだな。」

だが、その敵意がむしろヴィクターを奮い立たせる。
守るべきものがある以上、怯むわけにはいかない。

部屋に戻ると、机の上には一通の手紙が置かれていた。
封蝋には、ルミナリエの個人紋章が刻まれている。彼は慎重にそれを開き、書かれている内容を目で追った。

「ヴィクター殿、改めて、私の心を動かしてくださったことに感謝申し上げます。」

手紙には、彼に対する感謝の言葉が記されていた。それは、広間での求婚に対する返答でもあり、彼女自身の戸惑いでもあった。

「ですが、私はまだ自分の気持ちを整理できておりません。あなたの言葉が真実であると信じたいのですが、それが私にとってどれほど大きな意味を持つのか……。」

彼女の不安が、丁寧な文字から伝わってくる。それは、孤独の中で育った彼女にとって、当然の感情だ。信じることに慣れていないのだ。

ヴィクターは手紙をそっと置き、窓の外に目を向けた。
庭園の木々が風に揺れている。その向こうには、彼女がいる。

「ルミナリエ様……。」

彼女の不安を拭い去るためには、行動で示すしかない。
彼女が安心して自分を信じられるようになるまで、自分は何度でも努力する。

その日の夕暮れ、ヴィクターは庭園へと向かった。
彼女がそこにいるのではないかという予感がしたのだ。

庭園の奥、白い石のベンチに座るルミナリエの姿が見えた。彼女は一人で静かに花を見つめている。彼女の背中には、孤独と迷いが滲み出ているようだった。

「ルミナリエ様。」
彼はそっと声をかけた。

彼女が驚いたように振り返る。だが、すぐにその顔を穏やかなものに戻し、微笑を浮かべた。

「ヴィクター殿……。」

「お一人でこちらに?」
彼はゆっくりと歩み寄り、彼女の前で膝をついた。

「ええ……少し考え事をしていました。」
彼女の声はかすかに震えている。

「私のことでしょうか?」
彼は正直に尋ねた。嘘をつく必要はなかった。

ルミナリエは短く頷いた。
「私……まだ、自分の気持ちがわからないのです。あなたを信じたい。でも……怖いのです。」

彼女の言葉に、ヴィクターは優しく微笑んだ。
「信じられるようになるまで、待ちます。私がその証を示すまで、決して急かしたりはしません。」

その言葉に、彼女の瞳が僅かに揺れる。
彼は続けた。

「ただ、一つだけお約束します。あなたがどれほど不安でも、どれほど迷っても、私はその隣にい続けます。」

その声は低く、だが確かな決意に満ちていた。

ルミナリエは、再び視線を花々に戻した。だが、その横顔には、僅かに光るものが浮かんでいた。

「……ありがとう、ヴィクター殿。」

その言葉は、小さな一歩だったかもしれない。だが、彼にとっては大きな意味を持つものだった。
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