虐げられ王女と忠誠の騎士〜運命を結ぶ婚約の物語〜

藤原遊

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王妃は、玉座の隣に控えるようにして座り、広間に集まった貴族たちを一瞥した。
その瞳には冷たい光が宿り、口元には微かな微笑が浮かんでいる。だが、その内心は計算で忙しく働いていた。

「英雄と光の瞳の王女。これ以上、面倒な組み合わせはない。」

ヴィクター・リオネルという男は、確かに優れた戦士であり、民衆からの支持も高い。加えて、ルミナリエは、女神の血を引く証である「光の瞳」を持つ、象徴的な存在だ。この二人が結婚すれば――その影響力がどれほどのものになるか、彼女は想像するだけでぞっとした。

表向きには、ルミナリエの臣籍降下が確定すれば問題はない。王家から彼女が離れれば、自分の子どもたちの即位を脅かす存在ではなくなるはずだった。だが、貴族たちの間で囁かれ始めた噂が、彼女の不安を掻き立てていた。

「英雄を王配として迎えるべきだ、という声があるようですね。」
近くに立つ一人の貴族が、わざとらしく声をかけてきた。

王妃はゆっくりとその声の主に目を向ける。
「それは……興味深いお話ですわね。」

彼女は扇をゆっくりと開き、その後ろで微笑を隠した。
「ですが、それは少々現実的ではありませんわ。ヴィクター・リオネル殿は、貴族に復帰したばかりの方ですもの。」

「とはいえ、民衆の支持は絶大です。」
別の貴族が声を上げる。
「王家に彼を迎えることで、王室の威信を高めることができるとの意見も……。」

「愚かな……。」

内心で舌打ちするものの、王妃は表情を変えず、微笑を保ち続ける。彼らがいかに愚鈍で、目先の利益しか見えていないかを改めて確認した。

「民衆の声に配慮することは大切ですわね。」
彼女は柔らかな声で答える。
「ですが、それが王室の安定を損ねるようでは本末転倒ですわ。」

貴族たちは、彼女の言葉に頷きつつも、どこか不満げな表情を浮かべている。
彼女はそれを見て、あえて追い打ちをかけるように続けた。

「それに、王女にはすでに新しい未来がございます。彼女が王家を離れ、平穏な生活を手に入れるのは、王宮内の安定にとっても良い選択ではございませんこと?」

貴族たちの間に、一瞬の静寂が広がる。彼女の意図を察した者もいるが、直接反論する者は誰もいなかった。

「だが……この状況では、手を打たねばならない。」

部屋に戻ると、王妃は扇をテーブルに置き、深くため息をついた。
状況は決して楽観視できるものではない。ヴィクターとルミナリエが結婚すれば、彼女の思惑通り臣籍降下となるはずだ。だが、民衆や一部の貴族たちがその結婚を王家の再編と結びつけて考えるのは想定外だった。

「ルミナリエ……母親に似て、厄介な存在ね。」

王妃はかつての王妃――ルミナリエの母のことを思い出していた。あの美しさ、民衆の心を掴む力。そして、自分には決して到達できない気高さ。彼女への劣等感が、今でも胸の奥に渦巻いている。

「幸せになるだけでは、許しませんわ。」

王妃は静かに呟いた。
「それが、たとえ表向きに祝福しているように見せる必要があっても……。」

彼女は席を立ち、部屋の隅に控える侍女を呼びつけた。
「例の件、準備を進めなさい。庭園でのこと――失敗のないように。」

侍女は一礼すると、音も立てずに部屋を出ていった。王妃は再び椅子に腰掛け、冷たい笑みを浮かべながら静かに扇を開いた。
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