あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊

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第1話 違和感

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リーシェは、銀縁のティーカップにそっと指を添えた。
白磁に映る自分の表情は、いつもと変わらない――穏やかで、微笑みを崩さない婚約者の顔。

「今日は人が多いな」

向かいに座るアルベルトが、何気ない調子でそう言った。
侯爵家の屋敷で開かれている小さな茶会は、確かに賑やかだ。だが、彼が言いたかったのはそのことではないと、リーシェには分かっていた。

アルベルトの視線は、彼女ではなく、少し離れた場所に立つ女性へ向いている。
淡い色のドレスをまとったその女性は、アルベルトの従妹にあたる人物で、最近、社交の場に頻繁に顔を出すようになった。

「お疲れでしたら、少し席を外されますか?」

そう声をかけると、アルベルトは一瞬だけこちらを見て、すぐに柔らかく笑った。

「いや、大丈夫だ。君が一緒にいるから」

その言葉に、胸の奥がわずかに温む。
――大丈夫。私は、ちゃんと選ばれている。
そう自分に言い聞かせるのは、これが初めてではなかった。

リーシェは婚約者として、求められる役割を理解している。
控えめで、出過ぎず、けれど不足のない振る舞い。アルベルトの立場を立て、場を和ませ、問題を起こさないこと。

その点において、彼女は一度も失敗したことがない。

けれど最近、ふとした瞬間に思うのだ。
――私は、いつから「分かってくれる存在」になったのだろう、と。

「リーシェ、少し待っていてくれるか」

アルベルトが立ち上がり、先ほどの女性の方へ歩いていく。
迷いのない足取りだった。

「すぐ戻る」

そう言われて、リーシェは微笑みながら頷く。
待つことには慣れている。彼が誰かに呼ばれ、誰かを優先し、その間、自分がここにいることにも。

テーブルに残されたティーカップの湯気が、ゆっくりと消えていく。
リーシェはそれを見つめながら、胸に浮かんだ小さな疑問を、そっと押し込めた。

――私がここにいる理由は、何なのだろう。

婚約者だから。
支える存在だから。
きっと、愛されているから。

そう答えを並べても、どこか一つだけ、欠けている気がする。

遠くでアルベルトが笑う声がした。
その声は、リーシェの方へは向けられていない。

カップを持つ指先に、力がこもる。
割れるほどではない。けれど、確かに冷えていた。

この違和感に、名前をつけるのは、まだ早い。
リーシェはそう判断し、再び微笑みを浮かべた。

――きっと、私が考えすぎているだけ。

そうして彼女は、今日もまた「分かってくれる婚約者」でいることを選んだ。

それが、何かを失う選択だとは、まだ知らないまま。
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