あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊

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第3話 強さ

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「君なら分かってくれるだろう」

アルベルトがそう言うとき、その声はいつも穏やかだった。
責めるでもなく、命じるでもなく、ただ当然のことを確認するような口調。

リーシェは、その言葉を何度も聞いてきた。

最初は些細なことだった。
急な予定変更、同席できない夜会、後回しにされる約束。どれも「仕方のないこと」として受け止められる理由が用意されていた。

「今回は立場上、仕方がない」
「後で埋め合わせはする」
「君なら理解してくれると思って」

そのたびに、リーシェは頷いた。
理解しているからではない。そうする以外の選択肢が、最初から存在しなかったからだ。

「何か不満があるのか?」

一度だけ、勇気を出してそう尋ねたことがある。
するとアルベルトは、少し困ったように笑った。

「いや。ただ、君が一番分かってくれるから」

その瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
不満があるかどうかではない。
“分かってくれる”という言葉の中に、拒否する余地がなかった。

分からないと言えば、冷たい人間になる。
納得できないと言えば、わがままだと思われる。

そうやって、リーシェは何度も言葉を飲み込んできた。

今日もまた、同じだった。

夜会から戻った後、アルベルトは何事もなかったかのように言った。

「少し騒がしかったな。君も疲れただろう」

労わるようなその言葉に、嘘はない。
けれど、その優しさは、いつも決定的な場面の“後”にしか与えられなかった。

「大丈夫です」

反射的にそう答えた自分に、リーシェは内心で小さく息を吐いた。

――私は、いつから大丈夫な人になったのだろう。

アルベルトは、リーシェが理解してくれる前提で動く。
説明は後でいい。納得は自然とついてくるものだと、疑っていない。

その前提に、悪意はない。
だからこそ、余計に厄介だった。

「君は強いから」

そう言われたこともある。
励ましのつもりだったのだろう。だがその言葉は、いつの間にか、彼女を置き去りにする理由になっていた。

強いから、待てる。
強いから、我慢できる。
強いから、後回しでいい。

リーシェは、自分が弱音を吐いた記憶を探してみる。
けれど、思い当たる節はなかった。

吐いてこなかったのだ。
吐けなかったのか、吐く必要がないと思い込んでいたのか。

部屋に戻り、一人になると、ようやく静けさが訪れる。
その静けさの中で、胸に沈んでいた違和感が、少しずつ輪郭を持ち始めた。

――私は、本当に分かっているのだろうか。

それとも、分かったふりをしているだけなのか。

アルベルトの言葉を否定する理由は、見つからない。
けれど、肯定し続けた先に、何が残るのかも、分からなくなっていた。

リーシェはそっと目を閉じる。
問いを口にするには、まだ早い。

だが、この空気の中で、疑問を持つこと自体が許されていないのだと、はっきり理解してしまった。

「分かってくれるだろう」

その言葉は、優しさではなく、静かな蓋だった。

リーシェは今日もまた、その蓋の下で微笑むことを選ぶ。
自分の声が、外へ届かないことを知りながら。
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