私ではなく妹を選んだのですから、今さら戻られても困ります

藤原遊

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第3話 変化

公爵家に到着して三日目の朝、私は帳簿の束を前にしていた。

与えられた役目は明確で、屋敷内の支出と在庫の整理、それから使用人の配置に関する補助だった。行儀見習いという名目ではあるが、任されているのは裏方の仕事で、これまでと大きく変わるものではない。

違うのは、規模と数だ。

机の上に広げた帳簿を順に確認しながら、項目ごとに印を付けていく。
同じ用途の支出が別々に計上されている箇所がいくつかあり、担当者の名前も揃っていない。

呼び出しをかけると、ほどなくして使用人の一人が入ってきた。

「お呼びでしょうか」

「こちらの支出ですが」

該当箇所を指し示す。

「同じ備品に対して、別の項目で計上されています。どちらが正しいのか確認できますか」

使用人は帳簿を覗き込み、少しだけ考えたあとで口を開く。

「こちらが古い形式で、こちらが新しい記録です。ただ、完全に切り替わっていないままになっていて……」

「では、新しい形式に統一してください。旧記録は今月分で区切った方が分かりやすくなります」

「承知しました」

短いやり取りで終わる。

別の帳簿を開き、次の項目に移る。
人員配置の表では、同じ時間帯に人が重なっている箇所と、逆に手が足りていない場所がはっきりしていた。

「こちらも調整が必要です」

別の使用人を呼び、該当箇所を示す。

「この時間帯に人が集中していますが、隣の区画は不足しています。交代の順番を入れ替えてください」

「ですが、慣れている者で固めておりまして……」

「現状のままでは偏りが出ます。慣れは後から合わせてください」

言い切ると、相手は少し迷ったあとで頷いた。

「分かりました。調整します」

そのまま指示を伝え、記録を付ける。

一つずつ整えていくだけで、特別なことはしていない。
ばらついていたものを揃え、重なっていたものを分けているだけだ。

午前の作業を終えて席を立つと、廊下の向こうで数人の使用人が話している声が聞こえた。

「最近、回りが早くなった気がする」

「無駄が減ったからだろうな。前は同じことを二度やっていたし」

「配置も変わったよな。手が足りない時間が減った」

足を止めることはなく、そのまま通り過ぎる。

話の内容に感想を挟む必要はない。
調整した結果が、そのまま表に出ているだけだ。

午後も同じように帳簿に向き合い、気づいた点を順に整えていく。
差し入れられた書類にも目を通し、必要な箇所だけ修正を入れる。

気がつけば、机の上に積まれていた帳簿は半分ほどに減っていた。

作業の手を止めると、窓の外はすでに夕方に近づいている。

椅子を引いて立ち上がり、机の上を軽く整える。
残りは明日で片付く量だった。

手を離した書類の束は、最初よりも揃っている。
それを一度だけ確認してから、私はその場を後にした。
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