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第9話 滅びのあと
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フローリア王国が滅びたあと、それを「滅び」と呼ぶ者はいなかった。
公式記録では政権の崩壊、実務上は統治不能。周辺国の文書には、ただ「管理対象地域」とだけ記された。国名は残っていても、それは地図上の呼び名に過ぎず、政治的な意味はすでに失われていた。
王城は占拠され、象徴だった旗は下ろされる。
街はすぐに焼かれたわけではなく、建物も道も、しばらくはそのまま残っていた。
だが、人がいなくなった。
王族と貴族の多くは処断され、残った者も拘束されるか、身分を剥がされて連行された。判断は迅速だった。統治の空白が長引けば、反乱や混乱が起きる。その芽を残さないための処理だった。
民の扱いは、必要性によって分けられた。
労働力として見込まれた者は集団で移送され、農地や鉱山、工房へと振り分けられる。若く、技術を持たない者ほど行き先は選べなかった。彼らに与えられたのは、生き延びるための最低限の条件だけだ。
一部は、奴隷として各国に送られていった。
特に、守られることに慣れた貴族の令嬢たちは需要が高かった。
戦えず、抵抗できず、何もできない。その無力さが、価値として扱われた。
それは残酷な現実だったが、同時に、必然でもあった。
この国では、戦う術を教えなかった。
貴族は守られる存在であり、令嬢は飾りだった。騎士団という盾がある限り、それで問題はなかったのだ。
盾がなくなった瞬間、その在り方は何一つ機能しなくなる。
街は残り、畑も残った。
だが、守る者のいない土地に秩序は根づかない。略奪が起き、分配が始まり、やがて管理へと移行する。それは戦争の後に、必ず起きる流れだった。
人々は、日々を生きることで精一杯になり、過去を振り返らなくなる。
誰が間違えたのか。
何を捨てたのか。
それを考える余裕は、もうどこにもなかった。
フローリア王国は、やがて「かつて豊かだった場所」と呼ばれるようになる。
昔話の中でだけ、美しかった国として語られる。
理由は語られない。
結果だけが残る。
守る力を軽視した国は、守られなかった。
それだけの話だ。
遠く離れたグラディウス帝国では、この報せは簡潔な一行で処理された。
戦況報告、完了。周辺情勢、安定傾向。
報告書は束ねられ、次の案件に移る。
それ以上の扱いはされない。
ヴァレリア・グランツも、その一文に目を通した。
国名を見て、ページをめくる。
感想はない。
胸が痛むことも、怒りが湧くこともなかった。
彼女が関与する余地は、最初からなかった。
選んだのは、国の側だったからだ。
彼女はただ、静かに理解していた。
守る力を火種と呼んだ国が、
火に包まれたのだと。
公式記録では政権の崩壊、実務上は統治不能。周辺国の文書には、ただ「管理対象地域」とだけ記された。国名は残っていても、それは地図上の呼び名に過ぎず、政治的な意味はすでに失われていた。
王城は占拠され、象徴だった旗は下ろされる。
街はすぐに焼かれたわけではなく、建物も道も、しばらくはそのまま残っていた。
だが、人がいなくなった。
王族と貴族の多くは処断され、残った者も拘束されるか、身分を剥がされて連行された。判断は迅速だった。統治の空白が長引けば、反乱や混乱が起きる。その芽を残さないための処理だった。
民の扱いは、必要性によって分けられた。
労働力として見込まれた者は集団で移送され、農地や鉱山、工房へと振り分けられる。若く、技術を持たない者ほど行き先は選べなかった。彼らに与えられたのは、生き延びるための最低限の条件だけだ。
一部は、奴隷として各国に送られていった。
特に、守られることに慣れた貴族の令嬢たちは需要が高かった。
戦えず、抵抗できず、何もできない。その無力さが、価値として扱われた。
それは残酷な現実だったが、同時に、必然でもあった。
この国では、戦う術を教えなかった。
貴族は守られる存在であり、令嬢は飾りだった。騎士団という盾がある限り、それで問題はなかったのだ。
盾がなくなった瞬間、その在り方は何一つ機能しなくなる。
街は残り、畑も残った。
だが、守る者のいない土地に秩序は根づかない。略奪が起き、分配が始まり、やがて管理へと移行する。それは戦争の後に、必ず起きる流れだった。
人々は、日々を生きることで精一杯になり、過去を振り返らなくなる。
誰が間違えたのか。
何を捨てたのか。
それを考える余裕は、もうどこにもなかった。
フローリア王国は、やがて「かつて豊かだった場所」と呼ばれるようになる。
昔話の中でだけ、美しかった国として語られる。
理由は語られない。
結果だけが残る。
守る力を軽視した国は、守られなかった。
それだけの話だ。
遠く離れたグラディウス帝国では、この報せは簡潔な一行で処理された。
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報告書は束ねられ、次の案件に移る。
それ以上の扱いはされない。
ヴァレリア・グランツも、その一文に目を通した。
国名を見て、ページをめくる。
感想はない。
胸が痛むことも、怒りが湧くこともなかった。
彼女が関与する余地は、最初からなかった。
選んだのは、国の側だったからだ。
彼女はただ、静かに理解していた。
守る力を火種と呼んだ国が、
火に包まれたのだと。
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