57 / 120
56
しおりを挟む
王都の夕暮れは、どこか懐かしい香りがした。
私たちは揃って食卓を囲み、焼きたての白身魚に香草をのせた皿を前に、静かな時を過ごしていた。
「そういえば、第二王子殿下が、また礼状を送ってこられたらしいですね」
母がサラダを取り分けながら、何気ない口調で言った。
「王宮の中での評判も高い。最近は“令嬢方からの人気”も絶えないとか」
「うん……」
私は一瞬だけ、ナイフを持つ手を止める。
「最近、あの方のお気持ちが……やや明確になってきているように思うの」
口にした瞬間、父と母、それに兄のセディスが同時に私へ視線を向けた。
「……なるほどな」
父はグラスを揺らしながら、低く呟いた。
「で、エルセリア。おまえは、どうしたいんだ?」
問いは、まっすぐだった。
私は一度目を閉じ、そして遠い記憶を手繰った。
――かつて、私は断った。
それが正しいと思っていた。
彼の手を取れば、誰かを傷つける。
選ばれれば、嫉妬や政争が生まれる。
だから私は、身を引いた。
……そして、その選択の先にあったのは、
妃候補という盾を失い、政敵に狙われた末の――死。
(ならば今回は、間違えない)
私は静かに目を開け、口を開いた。
「拒みはしないつもり。あの方のお気持ちを、否定することはしたくない」
「けれど?」
と、兄が続ける。
「……けれど、積極的になる気もないの。
私よりも、もっと相応しい令嬢がいるはずでしょうから」
「相応しい、ね」
父が笑った。
「おまえは教養があり、礼儀を弁え、外面だけでなく中身も整っている。
それは王宮で評価されるに足る資質だと、私は思っているよ」
母も微笑んで、そっと私の手に自分の手を重ねた。
「それに、何よりエルセリアは……美しいもの。
品も、言葉も、所作も。
どれも、私が娘として誇りに思えるものばかり」
私は少しだけうつむいた。
素直に受け止めるには、くすぐったくて、
でもその言葉が、胸の奥にやさしく沁みていくのを感じていた。
「……ありがとう、ございます」
セディスは黙っていたが、
彼の手元のフォークが一瞬だけ止まり、
目線がほんの少し、柔らかくなったのを私は見逃さなかった。
家族は、私が思っているよりも、
私のことを見ていてくれている。
だからこそ――この道を、今回は間違えたくない。
「今はまだ、慎重に見ていきたいと思っているの。
けれど……あの方が、まっすぐに来られたなら、そのときは――」
言葉を途中で切った。
未来は、決まっていない。
でも、少なくとも私は、
もう、同じ過ちを繰り返すつもりはなかった。
その夜、食卓に灯されたキャンドルの光が、
家族の表情をひとつひとつ、あたたかく映し出していた。
私たちは揃って食卓を囲み、焼きたての白身魚に香草をのせた皿を前に、静かな時を過ごしていた。
「そういえば、第二王子殿下が、また礼状を送ってこられたらしいですね」
母がサラダを取り分けながら、何気ない口調で言った。
「王宮の中での評判も高い。最近は“令嬢方からの人気”も絶えないとか」
「うん……」
私は一瞬だけ、ナイフを持つ手を止める。
「最近、あの方のお気持ちが……やや明確になってきているように思うの」
口にした瞬間、父と母、それに兄のセディスが同時に私へ視線を向けた。
「……なるほどな」
父はグラスを揺らしながら、低く呟いた。
「で、エルセリア。おまえは、どうしたいんだ?」
問いは、まっすぐだった。
私は一度目を閉じ、そして遠い記憶を手繰った。
――かつて、私は断った。
それが正しいと思っていた。
彼の手を取れば、誰かを傷つける。
選ばれれば、嫉妬や政争が生まれる。
だから私は、身を引いた。
……そして、その選択の先にあったのは、
妃候補という盾を失い、政敵に狙われた末の――死。
(ならば今回は、間違えない)
私は静かに目を開け、口を開いた。
「拒みはしないつもり。あの方のお気持ちを、否定することはしたくない」
「けれど?」
と、兄が続ける。
「……けれど、積極的になる気もないの。
私よりも、もっと相応しい令嬢がいるはずでしょうから」
「相応しい、ね」
父が笑った。
「おまえは教養があり、礼儀を弁え、外面だけでなく中身も整っている。
それは王宮で評価されるに足る資質だと、私は思っているよ」
母も微笑んで、そっと私の手に自分の手を重ねた。
「それに、何よりエルセリアは……美しいもの。
品も、言葉も、所作も。
どれも、私が娘として誇りに思えるものばかり」
私は少しだけうつむいた。
素直に受け止めるには、くすぐったくて、
でもその言葉が、胸の奥にやさしく沁みていくのを感じていた。
「……ありがとう、ございます」
セディスは黙っていたが、
彼の手元のフォークが一瞬だけ止まり、
目線がほんの少し、柔らかくなったのを私は見逃さなかった。
家族は、私が思っているよりも、
私のことを見ていてくれている。
だからこそ――この道を、今回は間違えたくない。
「今はまだ、慎重に見ていきたいと思っているの。
けれど……あの方が、まっすぐに来られたなら、そのときは――」
言葉を途中で切った。
未来は、決まっていない。
でも、少なくとも私は、
もう、同じ過ちを繰り返すつもりはなかった。
その夜、食卓に灯されたキャンドルの光が、
家族の表情をひとつひとつ、あたたかく映し出していた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます
珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。
そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。
そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。
ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる