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「夜会の開催は、予定通り来月上旬でよろしいか?」
「構わない。会場は西翼の舞踏の間で。……例年通りに見せかけて、例年とは違う“内容”をもってな」
アシュレイ・フォン・ラグランジュは椅子に深く腰かけながら、
報告書の束を淡々と読み進めていた。
イザークは主の背後に立ち、黙って指示を待っている。
主従としての歴は長くないが、互いに既に心得ている。
“何を問うべきか”
“何を問わずに実行すべきか”
「ロジエール侯の三男が、夜会を機にエルセリア嬢に接触する算段を立てていたとの情報がありました」
「ふむ、あの家系か……嫉妬深い男だな。
ノクターン家の令嬢が私の名のもとに囲われることに、耐えきれまい」
アシュレイは一枚の書簡を指でなぞった。
「領地の麦価調整報告が数年分不備だったな。税務局へ引き渡しておけ。
“詳しい事情を聞く必要がある”とでも言えば、しばらく王都には戻れまい」
「御意」
「それと、アルノー伯爵家の娘も、夜会に呼ばなくていい。
“体調不良を気遣って辞退を勧めた”と記録しておけ。
あの家の母親は社交界の噂を使いたがる」
「リスクの芽は、慎重に間引くと」
「当然だ」
アシュレイは、紅茶に口をつける。
その動き一つとっても、まるで何でもない仕草のようだった。
だが、イザークは知っている。
この男の静けさは、すべて“支配”のためにある。
「私は、彼女を“選んだ”のではない。
……“誰にも奪わせない”と決めただけだ」
その言葉に込められた熱は、言葉よりも重い。
「夜会の中で、名を読み上げる。
選ばれた令嬢――ノクターン・エルセリア」
「前例に照らしても、正妃候補と見なされます」
「それでいい。あとは“動ける者”をすべて遠ざけておけば、波風も立たぬ」
イザークはわずかに目を伏せた。
(殿下がここまで冷徹に振る舞われるのは、
これが“遊び”ではなく“本心”である証だ)
アシュレイは、玉座の座を狙う者ではない。
だが、一人の令嬢の隣を、他の誰にも渡さぬためなら、
王宮という舞台全体を“囲い”に変えるだけの用意があった。
「イザーク」
「はい」
「……あの方は、おそらく気づいている。
私が動けば、周囲がどれほど静かになるかを。
そして“それ”を、良しとも、悪しとも仰らぬ」
「寛容にお受けになる」
「それが一番、私を狂わせる」
アシュレイは笑った。
その笑みに刃はなかったが、どこか深く、重い。
「夜会は“誰にも妨げられない舞台”にする。
そして、私の隣に立たせる。
彼女がまだ“選ばない”のなら、
私がすべてを選び、整えるまでだ」
命令の紙が、またひとつ書き上げられていく。
夜会――それは、儀礼の場ではない。
彼にとっては、宣言と囲い込みの場だった。
すべての椅子を動かし、舞台を支配し、
その中央に“彼女”を迎えるためだけに。
「構わない。会場は西翼の舞踏の間で。……例年通りに見せかけて、例年とは違う“内容”をもってな」
アシュレイ・フォン・ラグランジュは椅子に深く腰かけながら、
報告書の束を淡々と読み進めていた。
イザークは主の背後に立ち、黙って指示を待っている。
主従としての歴は長くないが、互いに既に心得ている。
“何を問うべきか”
“何を問わずに実行すべきか”
「ロジエール侯の三男が、夜会を機にエルセリア嬢に接触する算段を立てていたとの情報がありました」
「ふむ、あの家系か……嫉妬深い男だな。
ノクターン家の令嬢が私の名のもとに囲われることに、耐えきれまい」
アシュレイは一枚の書簡を指でなぞった。
「領地の麦価調整報告が数年分不備だったな。税務局へ引き渡しておけ。
“詳しい事情を聞く必要がある”とでも言えば、しばらく王都には戻れまい」
「御意」
「それと、アルノー伯爵家の娘も、夜会に呼ばなくていい。
“体調不良を気遣って辞退を勧めた”と記録しておけ。
あの家の母親は社交界の噂を使いたがる」
「リスクの芽は、慎重に間引くと」
「当然だ」
アシュレイは、紅茶に口をつける。
その動き一つとっても、まるで何でもない仕草のようだった。
だが、イザークは知っている。
この男の静けさは、すべて“支配”のためにある。
「私は、彼女を“選んだ”のではない。
……“誰にも奪わせない”と決めただけだ」
その言葉に込められた熱は、言葉よりも重い。
「夜会の中で、名を読み上げる。
選ばれた令嬢――ノクターン・エルセリア」
「前例に照らしても、正妃候補と見なされます」
「それでいい。あとは“動ける者”をすべて遠ざけておけば、波風も立たぬ」
イザークはわずかに目を伏せた。
(殿下がここまで冷徹に振る舞われるのは、
これが“遊び”ではなく“本心”である証だ)
アシュレイは、玉座の座を狙う者ではない。
だが、一人の令嬢の隣を、他の誰にも渡さぬためなら、
王宮という舞台全体を“囲い”に変えるだけの用意があった。
「イザーク」
「はい」
「……あの方は、おそらく気づいている。
私が動けば、周囲がどれほど静かになるかを。
そして“それ”を、良しとも、悪しとも仰らぬ」
「寛容にお受けになる」
「それが一番、私を狂わせる」
アシュレイは笑った。
その笑みに刃はなかったが、どこか深く、重い。
「夜会は“誰にも妨げられない舞台”にする。
そして、私の隣に立たせる。
彼女がまだ“選ばない”のなら、
私がすべてを選び、整えるまでだ」
命令の紙が、またひとつ書き上げられていく。
夜会――それは、儀礼の場ではない。
彼にとっては、宣言と囲い込みの場だった。
すべての椅子を動かし、舞台を支配し、
その中央に“彼女”を迎えるためだけに。
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