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王宮の中庭に、秋めいた風が吹いていた。
セディス・ノクターンは、控えめに設えられた東の離れの小庭で、
かつての学友――今は第二王子殿下たるアシュレイと、久しぶりに向かい合っていた。
「殿下。……いや、アシュレイ」
「敬称は要らない。お前がそう呼ぶと、窮屈になる」
アシュレイは微笑を見せながら、銀のカップを卓に置いた。
その物腰はいつも通り丁寧で、どこか芝居がかった余裕さえある。
だが、セディスはその仮面の奥を、子どもの頃から知っていた。
「エルセリアのことだ」
短く切り出した。
アシュレイはそのまま黙り、目線だけで“続けていい”と促した。
「妃に据えるつもりだと、宮中の水面下ではもう囁かれている。
……本気なのか?」
アシュレイは笑わなかった。
視線をわずかに落とし、そして静かに言葉を返した。
「本気でなければ、今さら彼女の名を持ち出したりしない」
「そうか」
セディスの声は低く、どこか沈んでいた。
「だがな、アシュレイ。
お前が本気であるということと、妹が傷つかないということは、別だ」
アシュレイは目を細めた。
そのまま数秒、言葉を探すように沈黙し、やがて低く言った。
「私は……あの人が、ただ傍にいてくれるなら、それでいいと思っていた。
だが、時間が経つほどに気づいたんだ」
「気づいた?」
「“ただ傍にいてくれる”ということは、誰の傍でもあり得る、ということだと。
……私はそれが耐えられない」
セディスはその言葉に、わずかに眉を動かした。
嫉妬の気配。所有の欲望。
だが、それは子どもじみたものではなかった。
「私は、彼女のためなら何でもする。
それが、彼女にとって迷惑であっても、きっとやめられない」
「だから囲うのか」
「ああ。囲うし、守る。
何者にも触れさせない。それが過ちなら――私の罪だ」
セディスは静かにカップを置いた。
空は澄み、風が揺れた。
その隙間に、兄としての最後の言葉が滑り込んでいった。
「ならば……大切にしなかったら、俺はお前を許さない」
一切の冗談も、含みもなかった。
アシュレイはその言葉を、まっすぐに受け止めた。
「当然だ。
大切にする。それ以外の未来など、思い描いていない」
二人の間に、沈黙が流れる。
それは決して冷たいものではなかった。
互いが、それぞれの方法でエルセリアを“守る者”として、
初めて言葉を交わした、その静かな確認だった。
「それに……」
アシュレイはふと笑って言った。
「彼女の兄が敵に回る未来も、私は想像したくない。怖いからな」
「気づいていたか」
セディスも笑った。
その笑みは、一度も彼女の前で見せたことのない、優しい兄の顔だった。
セディス・ノクターンは、控えめに設えられた東の離れの小庭で、
かつての学友――今は第二王子殿下たるアシュレイと、久しぶりに向かい合っていた。
「殿下。……いや、アシュレイ」
「敬称は要らない。お前がそう呼ぶと、窮屈になる」
アシュレイは微笑を見せながら、銀のカップを卓に置いた。
その物腰はいつも通り丁寧で、どこか芝居がかった余裕さえある。
だが、セディスはその仮面の奥を、子どもの頃から知っていた。
「エルセリアのことだ」
短く切り出した。
アシュレイはそのまま黙り、目線だけで“続けていい”と促した。
「妃に据えるつもりだと、宮中の水面下ではもう囁かれている。
……本気なのか?」
アシュレイは笑わなかった。
視線をわずかに落とし、そして静かに言葉を返した。
「本気でなければ、今さら彼女の名を持ち出したりしない」
「そうか」
セディスの声は低く、どこか沈んでいた。
「だがな、アシュレイ。
お前が本気であるということと、妹が傷つかないということは、別だ」
アシュレイは目を細めた。
そのまま数秒、言葉を探すように沈黙し、やがて低く言った。
「私は……あの人が、ただ傍にいてくれるなら、それでいいと思っていた。
だが、時間が経つほどに気づいたんだ」
「気づいた?」
「“ただ傍にいてくれる”ということは、誰の傍でもあり得る、ということだと。
……私はそれが耐えられない」
セディスはその言葉に、わずかに眉を動かした。
嫉妬の気配。所有の欲望。
だが、それは子どもじみたものではなかった。
「私は、彼女のためなら何でもする。
それが、彼女にとって迷惑であっても、きっとやめられない」
「だから囲うのか」
「ああ。囲うし、守る。
何者にも触れさせない。それが過ちなら――私の罪だ」
セディスは静かにカップを置いた。
空は澄み、風が揺れた。
その隙間に、兄としての最後の言葉が滑り込んでいった。
「ならば……大切にしなかったら、俺はお前を許さない」
一切の冗談も、含みもなかった。
アシュレイはその言葉を、まっすぐに受け止めた。
「当然だ。
大切にする。それ以外の未来など、思い描いていない」
二人の間に、沈黙が流れる。
それは決して冷たいものではなかった。
互いが、それぞれの方法でエルセリアを“守る者”として、
初めて言葉を交わした、その静かな確認だった。
「それに……」
アシュレイはふと笑って言った。
「彼女の兄が敵に回る未来も、私は想像したくない。怖いからな」
「気づいていたか」
セディスも笑った。
その笑みは、一度も彼女の前で見せたことのない、優しい兄の顔だった。
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