信徒守護官カトリナの辺境ライフ〜魔王討伐後、救済はじめました〜

6

リリアナの手から漏れる微かな光が、子どもの顔に穏やかな表情を取り戻させた。彼女の目には信じられないような驚きと、初めての成功の喜びが入り混じっている。

「私、本当にできたんだ……！」

リリアナは目を潤ませながら、まだ手に残る温かな感覚を確かめるように握りしめた。

「そうよ、リリー。よくやったわ」

カトリナが柔らかな笑みを浮かべ、親しみを込めて彼女の名前を呼ぶ。その声には、まるで我が子を褒める母親のような温かさがあった。

「リリー……」

リリアナは不意に照れたように顔を赤らめた。「そんなふうに呼ばれるの、ちょっと恥ずかしいです……」

「いいじゃない。努力の結果が実ったんだから。これはあなたが救った命よ」

カトリナはリリアナの肩を優しく叩きながら、目の前の子どもに微笑みかけた。

「でも、まだ全然足りませんよね。これくらいじゃ、カトリナさんみたいには……」

「焦る必要はないわ。私も最初から全てができたわけではないのです」

カトリナの言葉に、リリアナは驚きの表情を浮かべた。「え？カトリナさんでも？」

「ええ。救いたいという気持ち、それだけは決して忘れませんでした。それが、全ての始まりです」

リリアナはその言葉を反芻するように小さく頷いた。

その時、村の外れから響く異様な音が二人の会話を遮った。それは先ほどの魔物たちとは明らかに異なる、低く唸るような音だった。

「まだ何かいるんですか……？」

リリアナが不安そうに呟くと、カトリナが立ち上がり、聖なるハンマーを手にした。

「行きましょう。理不尽は、こちらから迎え撃つものです」

「いやいや、またそれですか！」

リリアナは慌てて後を追いかけた。

村の外れに到着すると、そこには奇妙な姿の魔物が待ち構えていた。先ほどの魔物よりも二回りほど大きく、体から黒い瘴気を漂わせている。その目は赤く輝き、鋭い爪を地面に食い込ませている。

「……あれ、普通の魔物じゃないですよね？」

リリアナが声を震わせる。

「ええ、リリー。呪いの瘴気に深く侵された存在ね」

カトリナは冷静に答えた。「これほどの瘴気を纏う魔物が現れるのは珍しいことです」

魔物が低い唸り声を上げ、一気に二人へと突進してきた。地面が揺れ、砂埃が舞い上がる。

「リリー、下がりなさい」

カトリナはそう言うと、聖なるハンマーを振り上げた。魔物が目前に迫った瞬間、彼女のハンマーが振り下ろされる。轟音と共に魔物が後方に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

だが、魔物はすぐに立ち上がり、さらに激しい咆哮を上げる。カトリナは眉を寄せた。

「通常の物理攻撃では、呪いの核を破壊できないようですね」

「じゃあ、どうするんですか？」

「簡単です」
カトリナは微笑むと、ハンマーに手を添え、静かに祈り始めた。

「聖なる光よ、この者を浄化し、救済を与えたまえ」

その瞬間、ハンマーがまばゆい光に包まれた。カトリナは再び魔物に向かって駆け出す。彼女の姿は光に包まれた天使のようで、リリアナは思わず息を呑んだ。

「浄化の光は、殴りつけると一層効果的なのです」

「いやいや、それ理屈おかしいですから！」

リリアナのツッコミをよそに、カトリナのハンマーが魔物の頭上に振り下ろされる。浄化の光が爆発し、魔物が轟音と共に崩れ落ちた。

黒い瘴気が一瞬渦を巻くように暴れたが、すぐに光に飲み込まれて消え去る。残ったのは静寂だけだった。

「やっぱりすごい……」

リリアナがぽつりと呟いた。「あんなの、私にはとても無理です」

「リリー、あなたならできるようになります」

カトリナは微笑みながらリリアナを見つめた。「でも、あの魔物……何かが違う気がします」

「どういうことですか？」

「呪いの核が、自然発生したものではないかもしれません。これは誰かが意図的に作り出したもののように感じます」

カトリナの言葉に、リリアナは不安げな表情を浮かべた。「それって、誰かが裏で……？」

「ええ。そして、その『誰か』が何を企んでいるのか。まだわかりませんが、注意が必要ですね」

静かな夜空に、風が一陣吹き抜けた。その風は、遠くで新たな嵐が迫っていることを告げているようだった。