戦乙女の選ぶ道

3章 紅蓮の将との邂逅

③

ライナーの一言を合図にするかのように、周囲の空気が一変した。
重たい静寂が戦場に広がり、フィオラの背中に冷たい汗が一筋流れる。

「始めるぞ。」

ライナーが軽く手を振ると、彼の周囲に赤い魔力が立ち上り、瞬く間に炎の渦が形成されていく。その圧倒的な熱気に、地面が震え、フィオラの顔をかすめる風すら焼けつくようだった。

「これが……紅炎の将の力……。」

フィオラは思わず息を呑んだが、すぐに自身の魔力を練り上げた。手のひらから放たれる水の波動が、静かに周囲を浄化するように広がる。

「来るわ。」

彼女が言葉を発したその瞬間、ライナーの炎が空を切り裂きながら迫ってきた。咄嗟に水の壁を作り出し、正面から受け止める。火と水が激しくぶつかり合い、蒸気が濃い霧となって辺りを覆う。

「防いだか。」

霧の中から響くライナーの声。その落ち着きが、フィオラの胸にわずかな焦りをもたらした。彼はこれほどの力を放ちながら、まだ余裕を保っている。全力ではない――それが感じ取れた。

「なら、もっと試してみるか。」

ライナーが再び手を振ると、今度は炎が地面を這うように広がり、フィオラの足元を包もうとする。

「甘く見ないで……！」

フィオラは即座に水の波を起こし、足元を浄化するように炎を打ち消した。だが、続けざまにライナーが放った火の矢が空を裂き、彼女を狙って落ちてくる。

「これで……終わらせない！」

彼女の手から解き放たれた水の柱が、火の矢を弾き返す。だが、衝突の衝撃で全身に疲労が走り、膝が震える。

「まだ戦えるか？」

ライナーの声が再び霧の中から聞こえた。その声音には、わずかな興味と疑問が混じっていた。

「もちろんよ。」

フィオラは立ち上がり、静かに彼を見据える。その瞳には恐れではなく、決意が宿っていた。

戦いは次第に互いの真価を引き出すものになっていった。フィオラの水の魔法は、ライナーの炎を相殺しつつも、その勢いに押される場面も少なくない。一方、ライナーは彼女の持つ魔力の制御力に驚いていた。

「大したものだ。ここまでやれる相手は初めてだ。」

「……それが褒め言葉だとしても、受け取る気にはなれないわ。」

フィオラの返答に、ライナーはわずかに笑みを浮かべた。その微笑みが、フィオラの胸に奇妙な違和感を残す。

「こんな状況で笑えるなんて……貴方は本当に理解できない。」

「そうか。俺もお前には少し興味が湧いてきた。」

その言葉に、フィオラは動揺を隠せなかった。敵として向き合っている相手からの興味――それがどういう意味を持つのか、彼女自身もわからなかった。

やがて戦いの勢いが沈静化する頃、ライナーが手を止めた。

「今日はこれまでだ。」

「何を……？」

フィオラが問い返す前に、彼は静かに背を向けた。

「まだこの程度ではお前を倒せない。俺の軍が次に進むために必要なのは、もっと確実な勝利だ。」

その言葉を残し、ライナーは再び自軍へと戻っていった。彼の姿が遠ざかる中、フィオラはその場に立ち尽くしていた。

ロイドが駆け寄る。

「フィオラ！ 無事か？」

彼女は頷いたが、どこかぼんやりとしていた。

「……彼は、一体何を考えているのかしら。」

ロイドは彼女の様子を見て、眉をひそめた。

「敵のことを考える必要はない。奴はただの破壊者だ。それ以上でも以下でもない。」

「そうかもしれない。でも……」

フィオラの中には、言いようのない疑念が残っていた。破壊者にしては、その言葉や仕草の端々に感じる何かが、彼女の心を揺さぶる。