戦乙女の選ぶ道

3章 紅蓮の将との邂逅

⑦

川沿いの薄霧が徐々に晴れ、敵軍の動きが鮮明に見え始めた。
ライナーの指示を受けた部隊が慎重に進軍しているのが確認できる。
その動きは極めて冷静で、どこにも無駄がない。彼の指揮能力の高さを、フィオラは改めて感じていた。

「やっぱり、彼はこちらの意図を見抜いている……。」

フィオラは小さく息を吐きながらも、焦りを見せることなく次の指示を出した。

「伏兵の配置を変えて。川のさらに上流側に回り込むの。敵が気づく前に、包囲の網を狭めるわ。」

「了解しました！」

兵士たちが素早く動き出す中、ロイドがその場に留まり、彼女を見つめていた。

「フィオラ、本当に大丈夫なのか？ 敵の指揮官は君の想像以上に手強いぞ。」

「それでも、ここで止めるしかないわ。」

フィオラの目は揺るがなかった。
その瞳に宿る確信に、ロイドは口を閉じるしかなかった。

「……君がそう言うなら、俺は信じる。ただ、無茶だけはするな。」

彼の言葉に、フィオラは微笑んだ。

「ありがとう。でも、私が無茶をしなきゃならない時は……その時は、あなたが守って。」

ロイドの目が驚きに見開かれたが、フィオラはすぐに視線を前線へ戻した。
彼女の言葉には、信頼と覚悟が込められていた。

その頃、ライナーもまた前線の状況を冷静に見極めていた。
進軍する部隊の動きが、徐々に川沿いでの包囲網に絡め取られているのを感じる。
彼は小さく頷き、部下に命じた。

「左翼部隊を後退させろ。そして中央を一気に押し上げる。」

「後退……ですか？」

部下が戸惑いの表情を浮かべる。ライナーはその視線を受け止め、冷静に続けた。

「川沿いに追い込まれたままでは、全滅の危険がある。だが、彼女は恐らく、中央からの一撃には対応できないはずだ。」

「しかし、中央には紅炎の術師団を……！」

「それでいい。」

ライナーは短く答えると、赤いマントを翻し、自ら馬に乗った。

「俺が前に出る。敵の指揮官を直接引きずり出す。」

彼の目には、冷徹な光とわずかな熱が宿っていた。

「……どんな策を練っていようが、全て潰してみせる。」

川沿いの伏兵が一部の敵を取り囲んでいる最中、中央からの動きにフィオラは気づいた。
その先頭には、赤いマントをなびかせたライナーの姿がある。

「彼が……前に出てくるなんて。」

フィオラの胸に動揺が広がる。
敵将がここまで積極的に動くのは予想外だった。だが、それが単なる挑発ではないことも、彼女には直感的にわかっていた。

「指揮官を狙う気ね……！」

「フィオラ、下がれ！」

ロイドが剣を握り締め、彼女の隣に立つ。
だが、フィオラは首を振った。

「ここで引いたら、彼の思う壺よ。」

そう言うと、彼女はライナーの方向に向けて手をかざした。
冷たい魔力が流れ出し、次第に大きな波動を生み出していく。

「来なさい……ライナー・フォルクス！」

フィオラの声が戦場に響くと同時に、ライナーの馬が駆け出した。
その手から赤い炎が放たれ、彼女の作り出した水の壁に衝突する。

激しい衝突の中、二人の魔力がぶつかり合い、辺りには熱気と冷気が交錯する霧が立ち込めた。
その霧の中で、ライナーの声が低く響く。

「……見事だ。ここまでやれるとはな。」

「貴方を止めるためなら、全力を尽くすわ。」

フィオラの声もまた揺るがなかった。
だが、ライナーはその言葉に微かな笑みを浮かべた。

「そうか。なら、俺の全力も見せてやろう。」

彼の炎がさらに強く燃え上がり、フィオラの水の壁を一瞬で飲み込む。
だが、その背後で再び波が起こり、炎を包み込むように収束していく。

「まだよ！」

フィオラの声が響き、二人の攻撃が再び激突した。