戦乙女の選ぶ道

4章 次なる手

②

敵の補給隊が展開しているという村に向かう途中、フィオラは自軍の進路を確認しながら思考を巡らせていた。
補給隊を狙うのは正攻法だが、それがあまりに「わかりやすい」行動であることが、彼女を警戒させていた。

「ライナー・フォルクス……あなたがこんな簡単な作戦を展開するとは思えない。」

彼女はそう呟きながら地図を見つめ、兵士たちの配置を再確認した。川沿いの地形を最大限に活かした包囲網を展開するため、部隊の動きを細かく調整する必要があった。

ロイドが馬を並べて声をかける。

「フィオラ、無理をしていないか？」

その優しい声に、フィオラは一瞬だけ表情を緩めた。

「ありがとう、大丈夫よ。でも、少し緊張しているかも。」

ロイドは短く息をつき、彼女を見つめた。
「君はいつも無理をする。でも、今回だけは……君が本当に大事なものを見失わないことを願ってる。」

その言葉が何を意味するのか、フィオラには理解できなかった。
だが、彼の視線に宿る感情が深く胸に響いたことだけは確かだった。

間もなく、フィオラの部隊は補給隊の展開する村に到達した。
村はひどく静まり返っていたが、その奥からはかすかな動きが感じ取れる。

「やっぱり、罠……。」

フィオラはすぐに指示を出し、部隊を村の手前で停止させた。

「伏兵を探して。村の裏手と周囲の林を重点的に確認して。」

兵士たちが散開していく中、フィオラの視線が遠くに立つ赤い旗印に向いた。
そこにはライナーの姿がはっきりと見える。彼は馬に乗り、こちらをじっと見つめているようだった。

「……彼自身がここにいるなんて。」

フィオラは息を飲んだ。
彼が前線に姿を現すのは、単なる挑発ではない。それ以上の意図があるはずだと、彼女は感じ取っていた。

ライナーもまた、彼女を見つめていた。
彼の胸には戦術的な冷静さと、奇妙な感情が入り混じっていた。敵として向き合いながらも、彼女の決意と行動に惹かれる自分がいる――それを認めざるを得なかった。

「……どうする、フィオラ・カイゼルン。」

彼が小さく呟いたその時、フィオラが手を掲げ、魔力を展開し始めた。

「動くぞ！」

彼の声と共に、紅炎の術師団が動き出した。
村の裏手から現れた隠密部隊が、フィオラの部隊に迫る。

「やっぱり……！」

フィオラは冷静に伏兵を確認し、即座に防御の水壁を展開した。
だが、その水壁を突き破るようにライナーの炎が襲いかかる。

「……来るなら受けて立つわ！」

フィオラの声が響き、再び二人の魔力が激突した。
炎と水の波動が戦場に広がり、その衝突の余波で地形が変わるほどの勢いを見せた。

その間にも、ロイドは兵士たちを率い、村の裏手で敵の伏兵を制圧していた。
剣を振るいながらも、彼の視線は遠くでライナーと向き合うフィオラの姿を追っていた。

「……あいつを相手に、一人で背負うつもりか。」

ロイドは歯を食いしばり、さらに剣を振るう。
彼にとって、フィオラがどれほど強い覚悟を持って戦場に立っているかは知っている。だが、彼女がライナーに抱く関心――その存在が彼女に影響を与えることを恐れていた。

戦場の中心で、フィオラとライナーは再び言葉を交わした。

「罠を見抜いていたのか。」

ライナーの低い声に、フィオラは目を細めた。

「ええ。でも、貴方も私を誘い込むために、この村を利用したのでしょう？」

彼は短く笑った。

「面白い。お前がここまで冷静に動けるとはな。」

「貴方も、ただの破壊者じゃないのね。」

その言葉に、ライナーの目が微かに揺れた。
その瞬間、フィオラは確信した。彼の中には、単なる敵将以上のものがある。それが何なのか、彼女はまだ理解していなかったが――。

「次の手を見せてもらうぞ、フィオラ・カイゼルン。」

彼の声が戦場に響き、再び炎が彼女を包み込むように襲いかかった。