戦乙女の選ぶ道

4章 次なる手

①

夜の静寂の中、ライナーは自軍の陣地で地図を広げていた。
川沿いでの一連の戦闘は、彼にとって小さな敗北だった。だが、それは大局を見据える上で必要な「駒の捨て石」に過ぎない。

「左翼の損失は痛いが、次の動きで挽回できる。」

彼は静かに呟き、部下たちに指示を送った。

「前線を南に下げろ。そして、周辺の村に偽装した補給隊を送る。」

部下の一人が眉をひそめた。

「補給隊を……偽装、ですか？」

「そうだ。奴らは慎重だが、攻撃の機会を見逃すことはない。敵の指揮官、フィオラ・カイゼルン……彼女の動きは鋭いが、目の前の脅威には過剰に対応する傾向がある。」

ライナーの目が地図の一点を捉える。

「彼女を誘い込む。策に溺れるのは、策を弄する者の常だ。」

部下たちはその指示に従い、すぐさま動き始めた。
ライナーは椅子に深く腰掛け、霧の向こうに広がる夜の静けさに耳を澄ませた。

「……次は、お前がどう動くかを見せてもらおう。」

その呟きは、フィオラへと向けられていた。
彼女の存在が、自分にとって単なる敵ではなくなりつつあることに、彼自身が気づき始めていた。

翌朝、フィオラの陣営では偵察部隊からの報告が次々と上がっていた。
隣国の軍勢が南方に動き始めたこと、そして周辺の村に補給隊が展開しているという情報が寄せられた。

「補給隊……？」

フィオラは眉をひそめながら地図を見つめた。
確かに補給隊を狙うのは合理的だが、それだけで終わる相手ではない。ライナーが自ら退いたという事実が、彼女の中で引っかかっていた。

「フィオラ、これは罠かもしれない。」

ロイドが隣で低い声を出した。
彼の視線は、彼女がどれほど疲弊しているかを気遣うように優しく、しかし厳しい。

「彼が何かを仕掛けているのは間違いない。でも……。」

フィオラは考え込んだ末、静かに答えた。

「罠だとしても、それを逆手に取る方法はある。」

彼女の目には確信が宿っていた。
ライナーに挑むことへの恐れは微塵もなかった。ただ、勝利のために必要な手を打つ。それだけを見据えていた。

一方で、ロイドの胸中には別の感情が渦巻いていた。
彼はフィオラの才能と意志を誰よりも信じている。だが、彼女がライナーに引かれているのではないかという思いが拭えなかった。

夜、陣地の回廊で彼はフィオラを見つけた。
静かに歩み寄り、その隣に立つ。

「君がどれほどの覚悟を持って戦っているのか、俺は理解しているつもりだ。」

フィオラは驚いたように彼を見上げた。

「どうしたの、ロイド？」

彼は少し視線を落とし、続けた。

「ただ……あいつに気を取られるな。俺はそれだけが心配なんだ。」

その言葉に、フィオラは目を見開いた。
ロイドがこんなにも率直に自分の心配を口にするのは珍しいことだった。

「私は、彼を止めるために戦っている。それは変わらないわ。」

フィオラの答えに、ロイドは黙って頷いた。
だが、その胸の奥には消えない疑念が残っていた。

翌日、フィオラは新たな作戦を立案し、兵を動かし始めた。
ライナーの補給隊が展開する村へと向かう道中、彼女は緊張感の中で自分の決断を繰り返し確かめていた。

これが正しいのか、それとも……？

そんな彼女の思考を遮るように、偵察兵が駆け込んできた。

「報告！ 敵軍の動きが急激に変化しています！」

フィオラの表情が引き締まる。
次の一手が彼女を待ち受けていた。