戦乙女の選ぶ道

4章 次なる手

⑦

フィオラの放った水の波動が、ライナーの炎と激突し、戦場に再び轟音が響いた。
二人の戦いは、すでに兵士たちの注目を集め、全軍の行方を左右するものとなっていた。

ライナーの炎がフィオラの水をかき消し、同時に彼女の防御の隙を突こうとする。だが、フィオラは冷静に魔力を操り、周囲の霧を利用して自らの位置を覆い隠した。

「……見えない。」

ライナーがつぶやき、彼女の動きを探る。その瞬間、彼の背後に水の刃が形作られた。

「……そこよ！」

フィオラの声が響き、刃がライナーに迫る。だが、その瞬間、彼はわずかに身を逸らし、攻撃をかわした。

「なるほど、巧妙だ。」

ライナーは笑みを浮かべながら振り返り、再び彼女を見つめた。
その目には、敵を見極める冷静さと同時に、奇妙な親しみが宿っていた。

「だが、お前はまだ迷っている。」

その言葉に、フィオラは動揺した。

「迷ってなんかいない！」

「そうか？」

ライナーはゆっくりと近づきながら言葉を続けた。

「お前は戦っている。だが、戦いの中で俺を倒すことにためらいがある。その理由を、自分でわかっているか？」

その言葉に、フィオラは一瞬だけ息を呑んだ。
ライナーが言う通りだった。彼を倒すために戦っているはずなのに、その行動一つ一つに揺さぶられている自分がいた。

「私は……！」

フィオラが言葉を詰まらせた瞬間、遠くからロイドの声が響いた。

「フィオラ！」

彼の声と共に、ロイドが剣を手に現れた。彼はフィオラの横に立ち、ライナーを鋭く睨みつける。

「お前の言葉に惑わされるな。こいつは敵だ、それ以上でも以下でもない！」

ロイドの強い声に、フィオラはハッとした。
彼女は自分の心を振り払うようにライナーを見据えた。

「……そうね。あなたは敵。私は、あなたを止める。」

その言葉に、ライナーはわずかに目を細めた。
彼女の決意を受け止めたかのように、彼は静かに後退を始めた。

「今日はここまでだ。」

ライナーがそう告げると、彼の部下たちが一斉に退却を開始した。

「次に会う時、お前がどれほど強くなっているか楽しみにしている。」

彼の言葉に、フィオラは何も答えられなかった。
ただ、彼が去っていく姿をじっと見つめることしかできなかった。

戦いが終わり、陣営に戻ったフィオラは、全身の疲労感と共に深い沈黙の中にいた。
ロイドが彼女に近づき、そっと声をかけた。

「フィオラ、大丈夫か？」

彼女は短く頷いた。

「ええ……ありがとう。」

ロイドは彼女をじっと見つめ、静かに口を開いた。

「俺は……君のことを守りたい。それだけだ。」

その言葉に、フィオラは驚いたように目を見開いた。

「ロイド……。」

「君がどんなに強くても、どんなに覚悟を持っていても、俺にとって君は……。」

ロイドは言葉を詰まらせ、目を逸らした。だが、フィオラは彼の言葉の意味を感じ取っていた。

「……ありがとう。あなたがいてくれるおかげで、私はここまで来られた。」

フィオラの言葉に、ロイドは小さく微笑んだ。
だが、その微笑の奥には、彼女が本当に見ているのは自分ではないのではないか、という不安が隠されていた。

一方、撤退したライナーは、自軍の天幕で一人、地図を広げていた。
彼の目には疲労の色が見えるが、その表情には奇妙な満足感があった。

「……彼女はまだ成長する。」

彼はそう呟き、静かに目を閉じた。

「次は、どこまで行けるか見せてもらおう。」

その言葉には、敵としての興味以上の感情が込められていた。
だが、それが何なのか、彼自身もまだ気づいていなかった。