戦乙女の選ぶ道

藤原遊

文字の大きさ
25 / 60
5章 本格侵攻

しおりを挟む
フィオラたちが南部の村を守り抜いてから数日が経った。
陣営にはひと時の静けさが訪れていたが、戦いの傷跡は深く、兵士たちは戦力の再編や補給活動に追われていた。

フィオラは自ら指揮を執り、各部隊を効率的に動かしながら、可能な限り戦力を回復させる努力を続けていた。しかし、その表情には微かな緊張の色が見え隠れしていた。

「……ライナー・フォルクスがこのまま黙っているとは思えない。」

彼女の脳裏には、最後に見たライナーの姿が何度も浮かんでいた。
彼は撤退した。だが、それは敗北を意味していない。むしろ、彼女を揺さぶるための一手だったのではないか――そんな予感が、彼女の胸を締め付けていた。

「フィオラ。」

ロイドの声に、彼女は思考から引き戻された。
振り返ると、彼が地図を持って歩み寄ってきた。

「偵察隊から報告があった。隣国軍が北西の森林地帯で新たな動きを見せているらしい。」

「北西の森林……。それって、国境を越えてすぐの場所よね。」

フィオラは地図を見つめながら呟いた。
その地域は、地形が複雑で視界が遮られやすく、奇襲には最適な場所だった。

「補給路を狙っているのかしら。」

「可能性は高い。でも、隣国の動きが規模的に大きすぎる。単なる補給路の襲撃ではないと思う。」

ロイドの言葉に、フィオラも頷いた。
その規模が示すもの――それは、全面的な進軍の予兆だった。

数時間後、偵察隊の追加報告が届いた。
ライナー・フォルクス率いる紅炎の術師団が、北西の森林地帯を抜けて国境の防衛拠点に接近中だという。

「ついに動き出した……!」

フィオラはその報告に息を呑んだ。
彼が自ら動くということは、相手の本気を意味している。それは、これまでの戦闘以上に苛烈なものになるだろう。

「全軍に警戒態勢を指示して。補給拠点の防御を固めつつ、敵の動きを注視するわ。」

彼女の声には毅然とした響きがあった。だが、その胸には不安も混じっていた。

「……彼は何を狙っているの?」

その頃、ライナーは自軍の前線に立ち、冷静に地図を見下ろしていた。
北西の森林地帯を抜けるルートは、相手の防衛網を崩すために選ばれたものだった。

「ここを突破すれば、彼女たちは防衛ラインを再編する暇もなく混乱に陥る。」

彼はそう呟き、部下たちに指示を送った。

「術師団の魔力を最大限に集中させろ。この一撃で相手の士気を完全に崩す。」

部下たちは彼の指示に従い、準備を始めた。
その目には冷徹な光が宿っていたが、ライナーの胸には別の感情が渦巻いていた。

「フィオラ・カイゼルン……お前はこの試練にどう応える?」

彼は、彼女がどこまで自分の期待に応えてくれるかを試そうとしていた。
それは、敵としての興味以上のものだったが、彼自身もその感情を完全には理解していなかった。

夜、フィオラは地図を見つめながら作戦を練っていた。
隣国軍の動きを予測し、それに対抗するための手を考える。だが、相手がライナーである以上、単純な防御では到底持ちこたえられない。

「こちらから仕掛けるしかないわ……。」

彼女は地図の一点を指差しながら呟いた。
北西の森林地帯――そこに敵の進軍を誘導し、包囲網を形成するのだ。

「大胆だな。」

ロイドが地図を覗き込みながら言った。

「でも、成功すれば奴らの勢いを削ぐことができる。」

「成功すれば、ね。」

フィオラは小さく笑ったが、その目には決意が宿っていた。

「でも、これしかないの。」

「……俺が君を守る。どんな状況になっても。」

ロイドの言葉に、フィオラは短く頷いた。

「ありがとう。でも、私は指揮官として、この戦いを勝たなければならない。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

処理中です...