戦乙女の選ぶ道

藤原遊

文字の大きさ
31 / 60
5章 本格侵攻

しおりを挟む
フィオラは陣営の中で、自分の魔力の消耗を回復させるために静かに座っていた。戦闘が終わっても、彼女の胸には休まる暇がない。勝利を得たものの、その代償の大きさを感じていた。

「私たちは勝ったけれど……彼の狙いがまだ見えていない。」

彼女は地図を見つめながら呟いた。ライナー・フォルクスの動きは、常に一手先を見据えたものだ。今回の撤退もただの敗北ではなく、次の動きの布石であると彼女は直感していた。

その時、天幕の外からロイドの声が聞こえた。

「入るぞ、フィオラ。」

彼は少し疲れた顔をしていたが、フィオラを見ると安心したように息をついた。

「どうしたの? あなたも少し休んだ方がいいわ。」

「お前に言われたくはないな。自分は全く休んでいないくせに。」

ロイドは冗談めかして言いながら、彼女の隣に腰を下ろした。そして、彼女が見ている地図を覗き込む。

「また考え込んでいるのか? ライナーの次の動きを。」

「ええ……。彼が撤退するなんて、やっぱりおかしい。次の狙いがどこなのか、それが気になるの。」

ロイドは静かに頷き、しばらく黙って考えていた。彼はフィオラにとっての安心できる存在でありたいと思っているが、彼女の言葉から漂う不安を完全に拭い去ることはできなかった。

「ライナーは確かに厄介だが、今回は俺たちが優勢だった。次の動きが何であれ、俺たちがここでしっかりと防御を固めれば問題ない。」

「……でも、もし彼が私たちの裏をかこうとしていたら?」

フィオラの言葉には、一つの疑念が込められていた。それは、ライナーがただの敵将ではなく、戦場の外にある何かを見据えているのではないか、という直感だった。

ロイドは少し考えた後、口を開いた。

「フィオラ、お前はあいつに何か感じているのか?」

「……どういう意味?」

「俺には、お前があいつに引かれているように見える。それが、俺には……理解できない。」

ロイドの言葉にフィオラは驚いた顔をしたが、すぐに視線を落とした。彼の言葉は彼女の胸に刺さるものがありながらも、正確に自分の感情を言い表しているように思えた。

「ライナーは敵よ。それは変わらない。でも、彼の言葉や行動には、何かがある。敵としてだけでは説明できない何かが……。」

ロイドはそれを聞いて目を閉じ、静かに息をついた。そして、ゆっくりと彼女を見つめた。

「お前の心がどこに向いていようと、俺はお前を守る。それだけは絶対に変わらない。」

その言葉は真っ直ぐで力強く、フィオラの胸をじんわりと温めた。彼女は小さく微笑み、ロイドの言葉に感謝を示した。

「ありがとう、ロイド。あなたがいてくれるから、私はここまで来られた。」

彼は静かに頷き、それ以上は何も言わなかった。

その夜、陣営には緊急の報告が届けられた。偵察隊からの情報によれば、ライナー率いる隣国軍が再び動き始めたという。だが、その進路は予測できないほど曖昧であり、どこを狙っているのかが掴めなかった。

フィオラは報告を聞くと、地図を見ながら何かを考え込んだ。

「……彼の狙いが南ではないなら、北部が危険ね。防御の手薄な場所を狙ってくる可能性が高い。」

ロイドが彼女の横で地図を覗き込みながら言う。

「奴は陽動で目を引いて、手薄な場所を突くのが得意だ。だが、今回はその逆もあるかもしれない。わざと北を動かして南を狙うとか。」

「ええ。どちらにしても、次の動きに全てがかかっているわ。」

フィオラはすぐに指示を出し、軍を二手に分ける準備を始めた。北と南の両方に防御を展開し、どちらかの急報にも対応できる態勢を整える。

その静けさの中、彼女の心にはまだライナーの最後の言葉が響いていた。

「君はどんな未来を望む?」

それが単なる挑発ではないと感じるたびに、彼女の胸は妙な高揚感と不安に揺れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

処理中です...