戦乙女の選ぶ道

5章 本格侵攻

⑧

ライナーの軍勢が再び動き出したという報告が届いた翌朝、フィオラは前線の兵士たちに向けて指示を出していた。
北部と南部に分かれた陣営をどう統率するか――その一つ一つの判断が、これからの戦いの行方を左右する。

「北部丘陵地帯の防御をさらに強化して。敵が南を陽動とする可能性もあるけれど、今のところ主力は北に向かっているはず。」

副官たちが頷きながら指示を受け、兵士たちに素早く伝達する。
ロイドはその様子を見守りながら、フィオラに歩み寄った。

「敵の動きがまだ不明瞭だな。奴らが本当に北部を狙うのか、それとも陽動で目を引いているだけか……。」

「ええ。でも、この状況で何も動かないわけにはいかないわ。」

フィオラの声には微かな疲労が滲んでいたが、その目には強い決意が宿っていた。

ロイドは彼女の肩に手を置き、静かに言った。

「お前は全てを見通そうとしすぎている。少し休んだ方がいい。」

「休んでいる暇なんてないの。私は、この戦いを終わらせなければならない。」

彼女の声に、ロイドは短く息を吐いた。
彼女の頑固さも、使命感も、全てを理解しているからこそ、彼はそれ以上何も言えなかった。

その時、偵察隊の報告が再び届いた。
ライナーの軍勢が北部に近づいているという具体的な情報だった。

「……やっぱり北部ね。」

フィオラはすぐに地図を広げ、北部への対応をさらに練り直した。

「私たちの陣形を維持したまま、敵がどのルートを通るのかを探る必要がある。偵察隊を増強して、丘陵地帯全体を監視して。」

副官たちは素早く動き、指示を実行に移していく。
ロイドは地図を見つめながら、ふと口を開いた。

「ライナーが北部を狙っているとしても、奴の本当の狙いはまだ見えていない。お前も気づいているんだろう？」

「ええ……。彼はただの戦術的な動きだけをしているわけじゃない。何かもっと大きな目的があるはず。」

フィオラの言葉に、ロイドは静かに頷いた。

「なら、俺たちはその目的を探りながら戦うしかないな。」

「そうね。でも、それを見極めるには、彼ともう一度直接対峙する必要があるかもしれない……。」

その言葉に、ロイドは少し表情を曇らせたが、何も言わなかった。

その頃、ライナーは自軍の前線で静かに地図を見つめていた。
彼の部隊は北部へ進軍を続けているが、その動きには独特の緩急がつけられていた。

「敵はすでに北部に戦力を集中させているはずだ。」

ライナーは部下たちに語りかけた。

「だが、彼女が気づいているかどうかは別の話だ。こちらが何を狙っているのか、見極められるのかどうか……。」

彼は静かに地図を指でなぞりながら続けた。

「全ては試練だ。戦場でしか分からないことがある。フィオラ・カイゼルン……お前がどう動くかで、俺たちの次の行動が決まる。」

部下たちはその言葉を黙って聞き、各自の持ち場へと散っていった。
ライナーの目には静かな期待と、戦士としての冷徹さが交錯していた。

北部丘陵地帯に到着したフィオラの部隊は、すぐに陣形を整え、防御を固め始めた。
丘の上から周囲を見渡しながら、彼女は自分の判断が正しいかどうかを自問していた。

「……これでいいのよね。」

その呟きに、ロイドがすぐに応えた。

「お前の決断は間違っていない。それに、俺たちが全力で支える。」

「ありがとう、ロイド。あなたがいてくれるから、私はここまで来られた。」

フィオラは短く微笑み、再び地図に目を落とした。

その時、遠くから響く馬蹄の音が聞こえた。敵の軍勢が近づいている。

「……来たわね。」

フィオラはすぐに魔力を練り、全軍に戦闘準備を命じた。

「彼らを引きつけて、包囲網を完成させるまで耐えるのよ。」

兵士たちは彼女の言葉に従い、各自の配置に急いだ。

そして、戦場が再び燃え上がった。
フィオラの部隊が防御陣形を維持しながら、敵の猛攻を受け止める中、彼女は戦場の中央に立ち続けた。

「この戦いで……終わらせる。」

彼女の決意が、戦場の空気をさらに引き締めていった。