戦乙女の選ぶ道

番外編

幼き日の約束

フィオラがまだ幼い頃、辺境伯領の地は戦乱の余波に揺れていた。
しかし、それでも子どもたちは遊びの中に小さな平和を見つけていた。

ある夏の日、フィオラは領邸の裏庭で一人本を読んでいた。
長い金髪を三つ編みにして結い、小さな手でページをめくる姿は大人びていたが、その表情はまだ幼く、どこか寂しげだった。

「また本を読んでるのか？」

突然の声に、フィオラは顔を上げた。木陰から現れたのは、近衛隊長の息子であるロイドだった。年はフィオラより少し上で、髪には泥が付き、手には木の枝を剣のように持っている。

「ロイド……。どうしてここに？」

「父さんが伯爵様のところに来てる間、俺は暇なんだよ。」

ロイドはずかずかとフィオラの隣に座り込んだ。その行儀の悪さにフィオラは眉をひそめたが、特に咎めることはしなかった。

「また難しい本を読んでるのか？楽しいのか、それ。」

ロイドが本の表紙を覗き込みながら尋ねる。フィオラは少しムッとした顔をして本を閉じた。

「これは魔法の歴史について書かれた本よ。知識を蓄えることは大事だわ。」

「ふーん。でも、そんなの読んでたら遊ぶ時間がなくなるだろ？」

ロイドは手に持った木の枝を振り回しながら立ち上がった。そして、無邪気な笑みを浮かべて言った。

「お前も外に出て遊べよ。体を動かす方が楽しいぜ。」

「遊びなんて、時間の無駄よ。」

フィオラは冷たく言い放ったが、その目にはほんの少しの興味が混じっていた。

その数分後、ロイドは勝手にフィオラを外へ連れ出していた。
近くの林で剣の真似事をするロイドに、フィオラはあきれた表情を浮かべていたが、心の中では少しだけ楽しんでいた。

「これが戦士の基本だ。まずは剣を持つことから始めるんだ。」

「私は魔法使いになるの。剣なんて必要ないわ。」

フィオラが言い返すと、ロイドは笑いながら木の枝を差し出した。

「でもな、戦場じゃ剣も魔法もどっちも大事だ。俺たちが一緒に戦うとしたら、お前が魔法で俺を守って、俺が剣でお前を守るってのはどうだ？」

その言葉にフィオラは一瞬驚き、そして小さく笑った。

「それは悪くないかもしれないわ。」

「だろ？よし、約束だ。」

ロイドは枝を剣のように持ち、まるで儀式をするかのようにフィオラに向けた。
フィオラも仕方なく木の枝を手に取り、小さく笑いながらそれに応じた。

その日の夕方、彼らは木陰で肩を並べて座っていた。
フィオラが静かに言った。

「ロイド、あなたは将来どうなるの？」

「俺？俺は父さんみたいな騎士になるんだ。そして、領主様とか……お前みたいな大事な人を守る。」

その言葉にフィオラは少し顔を赤らめながら、小さく呟いた。

「……だったら、私もあなたを守らなきゃいけないわね。」

ロイドは目を丸くして彼女を見た後、大きく笑った。

「そうだな。お前が俺を守ってくれるなら、怖いものなんてないぜ。」

フィオラはその言葉に小さく微笑んだ。彼女の心の中で、彼との絆が芽生えた瞬間だった。

数年後、フィオラは魔法の才能を開花させ、ロイドは騎士としての道を歩み始めた。
二人の幼き日の誓いは、時を経て戦場でも繰り返し交わされる信頼へと変わっていった。