戦乙女の選ぶ道

番外編

ロイドの忙しない日々

フィオラが辺境伯領の復興に全力を注ぎ始めてから二年が経つ。
戦乱で荒廃した領地は、彼女の手腕によって少しずつ元の豊かさを取り戻していた。ロイドにとって、それを支える日々は、戦場で彼女を守っていた頃とは違った意味で忙しく、そして誇らしいものだった。

ロイドは朝早くから城内の一室でフィオラの姿を眺めていた。
執務室には書類が山積みされ、フィオラはそれを一つずつ確認しながらペンを走らせている。その姿は以前と変わらず真剣で、戦場で指揮を執っていた頃の彼女を思い出させた。

「そんなに書類に埋もれてたら、いつか本当に机の一部になるぞ。」

ロイドが冗談めかして声をかけると、フィオラは一瞬だけ顔を上げて微笑んだ。

「そのときは助けてちょうだい。あなたの剣で書類の山を切り崩して。」

「それよりも、少しは休めよ。今朝から飲み物一つ取ってないだろう。」

ロイドは、部屋の隅に置かれた冷めたままの紅茶を指差した。フィオラは気づいたように紅茶に手を伸ばし、少しだけ口に含んだ。

「ありがとう、ロイド。でも、今はやらなくちゃいけないことが山積みなの。」

「いつもそればっかりだな。」

ロイドは呆れたようにため息をつきながらも、その視線にはどこか温かさが宿っていた。

執務室の窓の外には、新しく整備された河川の姿があった。
それは、フィオラが計画した大規模な治水工事の一環だった。川沿いには新しい堤防が築かれ、周囲には新たに整備された農地が広がっている。

「治水工事の成果、出てきたみたいだな。」

ロイドが窓の外を指しながら言うと、フィオラは手を止めて窓越しにその景色を見つめた。

「ええ、村の人たちが安心して作物を育てられるようになれば、この土地全体がもっと豊かになるわ。」

彼女の声には穏やかさと強い信念が込められていた。

「そんなこと、どこで学んだんだ？」

「昔読んだ本にね、水を管理することがどれほど土地にとって大事か書いてあったの。それを応用してみたのよ。」

フィオラはさらりと言ったが、ロイドは彼女の言葉を簡単には受け止められなかった。

「応用、か。お前、昔から本ばっかり読んでたけど……正直、あの頃はただのお嬢様の趣味だと思ってたんだよな。」

「それは失礼ね。」

フィオラは少しむっとしながらも、表情は柔らかい。ロイドは肩をすくめながら続けた。

「でも、今は違う。お前の頭の良さには驚かされるよ。剣や戦術だけじゃなく、こんな風に領地全体を立て直すなんて、普通じゃない。」

「……ありがとう、ロイド。」

フィオラは静かにそう言って、再び机の上の書類に目を向けた。

その日、フィオラが取り組んでいたのは、商人の往来の自由化に関する新しい法令だった。
戦乱で閉ざされていた商業の道を広げるため、彼女は各地の商人から意見を聞き、彼らの利益を守りながらも領地全体の成長につなげる仕組みを模索していた。

「商人たちをもっと自由に動けるようにすれば、人と物の流れが活発になる。その結果、村や町が潤い、税収も増えるわ。」

フィオラが書類を整理しながら説明する様子に、ロイドはただ感心するばかりだった。

「それに、領民たちが自分の生活を立て直すためには、こういう基盤が必要なの。」

「……お前、戦争が終わってから、ずっと領民たちのために働きっぱなしだよな。」

ロイドがしみじみと言うと、フィオラは書類に目を落としたまま微笑んだ。

「私ができることをやっているだけよ。それに、戦争を終わらせるのが私の使命だったなら、平和を続けるために動くのも私の役目だわ。」

「使命、か。」

ロイドは少し考えるように窓の外を見た。

「なら、俺の使命はお前を守ることだな。戦場でも、こういう書類に埋もれるお前でも。」

フィオラはその言葉に少しだけ笑い、彼を見上げた。

「あなたがそばにいてくれる限り、私はどんなことでもやれる気がするわ。」

その日の夕方、ロイドは広場に集まる人々を眺めていた。
彼らが新しい市場で活発に物を売り買いしている様子に、フィオラの働きがどれほどの影響を与えているのかを実感していた。

「……あいつは本当にすごいよな。」

彼はぽつりと呟いた。
そして、もう一度剣の柄に手を置き、自分の役割を心の中で確認する。

「俺は、これからもお前を支える。それが、俺の選んだ道だ。」

ロイドの目には、フィオラと共に歩む未来が確かに映っていた。