魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊

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1章 街への道のり

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山道を抜けるにはまだしばらくかかりそうだった。

アリアは片手で剣を担ぎ、もう片方でイアンを支えながら、彼と並んで歩いていた。イアンの足取りは頼りなく、彼が思っている以上に体力を消耗しているようだ。

「ほら、ちゃんと立って歩いてよね。私の腕が鍛えられちゃうじゃん!」

アリアが軽く冗談を飛ばすと、イアンは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「…すみません。お手を煩わせてしまって。」

「いいって。倒れた人を見捨てるほど、私冷たくないからさ。」

イアンは彼女をちらりと見た。アリアの表情は明るく、どこか屈託がない。その軽口に救われている自分に気づき、ふと視線をそらした。

「…君は優しい人なのですね。」

「え?」

アリアは一瞬キョトンとしたあと、急に笑い出した。

「いやいや、あんた私のこと全然分かってないでしょ?こんなの普通だって。」

「そうでしょうか…私には、普通には思えませんが。」

イアンの静かな言葉に、アリアは少しだけ言葉を詰まらせた。だが、すぐにいつもの調子を取り戻す。

「まあ、そう思うなら好きにすればいいけどね!」

道中、アリアは少し歩くたびにイアンの腕を引っ張り、支え直していた。途中で、イアンがふと立ち止まる。

「…もう少し、一人で歩けます。」

「無理しなくていいよ。足元ふらついてるじゃん。」

「ですが…私は――」

何かを言いかけたイアンを遮るように、アリアが再び手を掴んだ。その力強さに、イアンは一瞬言葉を失う。

「ほら、つべこべ言ってないでさっさと歩く!」

その手から伝わる感触に、イアンの瞳が微かに揺れた。温かい――。

彼の体温は常に冷たい。自分の手に触れる者たちはその冷たさに驚き、次の瞬間には氷の中に閉じ込められていた。だから、触れることを避けてきた。避けなければならなかった。

それなのに。

「……君の手は、温かいのですね。」

「は?」

アリアが足を止めて振り返る。

「いや、なんでもありません。」

イアンは少し視線を落としながらそう答えた。その言葉に含まれる微かな感情の揺らぎを、アリアは気づかない。

「ま、温かいのは元気な証拠じゃん!ちゃんとご飯食べて鍛えてるからね!」

「…そうですね。」

イアンはアリアの無邪気な言葉に短く答える。彼女の手が、こんなにも心地よく思えるのはどうしてなのだろう。

やがて、森の向こうに街の灯りが見え始めた。

「ほら、あとちょっとじゃん!頑張って歩いてよね!」

「…はい。」

イアンの足取りはまだおぼつかなかったが、どこか先ほどより軽やかに見えた。
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