魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊

文字の大きさ
36 / 200
9章 失われし魔法の塔

しおりを挟む
夕暮れの空が赤く染まる頃、アリアとイアンは街の結界が見える丘の上に立っていた。塔での戦闘の疲労が二人の体に残っていたが、その先にはいつもの穏やかな街並みが広がっている。

「やっと帰ってきたね。やっぱりこの街って落ち着くなぁ。」
アリアが深呼吸をしてから微笑む。

「これほどの戦いの後で、そのように思える君が羨ましい。」
イアンが淡々と答える。

「だって、ここは私の故郷だからね。何があっても、この街が無事ならそれでいいかなって思えるんだ。」
アリアの言葉には、彼女が街を愛している気持ちが込められていた。

イアンは少しだけ視線を落とし、彼女の言葉を反芻する。自分にはそんな風に心を寄せる場所がないことを改めて感じた。

ギルドに戻ると、ユーゴがすでに二人を待っていた。机の上には何冊もの古い魔法書が積まれ、彼の厳しい顔つきが塔での冒険の報告を待ち望んでいるのを表していた。

「無事に戻ったようだな。」
ユーゴが顔を上げる。

「もちろん!ほら、これを見てよ!」
アリアは塔で見つけた古い本を差し出した。

ユーゴは本を受け取り、素早くページをめくる。その眼差しには、塔での冒険に対する関心と警戒心が入り混じっていた。

「なるほど……やはり、この剣には相当な力が秘められているようだな。」
ユーゴが目を本から離し、「選ばれし刃」を見つめる。

「でも、その代わりに命を削るんだってさ。」
アリアが少し苦笑いしながら答える。

「その通りだ。君がどれほど強くても、この剣の力に頼りすぎれば、いずれその代償を払うことになる。」
ユーゴの言葉には、彼女を思う気持ちが滲んでいた。

「分かってるよ。でも、これがあればもっと強くなれるんだから!」
アリアは明るく笑って見せたが、その言葉には微かな不安が含まれていた。

その夜、ギルドを出た二人は夜風に吹かれながら静かに歩いていた。アリアは剣の柄に触れながら、ぽつりと口を開く。

「ねえイアン、この剣……どう思う?」

「どう思う、とは?」
イアンが少し首を傾げる。

「便利だし、すごい力があるけど、使うたびに自分が削られていくのを感じるの。そんな剣、普通の人だったら怖いよね。」
アリアが剣を見つめながら言う。

「君は怖くないのか?」
イアンの声には、どこか慎重さが滲んでいた。

「……怖いよ。でもさ、これがあればみんなを守れるって思うと、怖さよりも力になりたい気持ちが勝っちゃうんだ。」
アリアは自嘲気味に笑った。

イアンはその言葉を聞いて、ふと口を開いた。

「君がその剣を使う理由は理解できる。しかし、君自身を犠牲にしてまで守ろうとするのは……愚かだ。」

「愚か、か……。そうかもね。でも、それが私なんだよ。」
アリアはイアンを見上げて微笑んだ。その笑顔はどこか無邪気で、それでいて強い意志を感じさせた。

イアンは彼女の横顔を見つめながら、自分がこの場所にいる理由を改めて考えた。彼女がこの剣を手にして戦い続ける限り、彼女の命は少しずつ削られていく。それを止める術がない自分に苛立ちを覚える一方で、彼女を守りたいという思いがますます強くなるのを感じていた。

「君は無鉄砲だ。それでも……君の決意を否定するつもりはない。」
イアンはそう静かに告げた。

「ありがと、イアン。」
アリアは再び笑顔を見せ、その笑顔が夜の闇に温かく溶け込んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...