魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊

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16章 天頂の裂け目

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ギルドで一息ついたアリアとイアンは、次の冒険に備えるため市場へ足を運んだ。街の中心に位置する市場は、朝早くから賑わいを見せており、活気ある声と香ばしいパンの匂いが漂っていた。

「やっぱり市場っていいね!新鮮な食材や道具がいっぱいで見てるだけで楽しい!」

アリアが両手を広げるようにして歩く。その後ろをイアンが少し距離を置いてついていく。

「市場の賑やかさには慣れていないが……ここは他の街よりも温かい空気を感じる。」

「そうだね。たぶん、ここの人たちが明るいからだと思うよ!」

アリアは笑顔で言いながら、近くの果物屋の店主に声をかける。店主が笑顔で応じると、アリアはさっとリンゴを手に取った。

「イアン、これ持ってて!旅の途中で食べるのにちょうどいいから!」

「分かった。だが、あまり買いすぎるな。荷物になる。」

そう言いながらも、イアンはアリアが選んだリンゴをしっかりと受け取る。

市場の隅で遊ぶ子どもたちの笑い声が二人の耳に届く。駆け回る姿が目に入り、アリアは少し立ち止まった。

「元気だね、あの子たち。」

アリアが微笑みながら呟く。イアンもその光景に目を向け、しばらく黙ったまま見つめていた。

しばらくして、イアンは小さなため息をつき、視線をアリアに戻した。

「……アリア、君の両親のことについて聞いてもいいだろうか。」

突然の問いに、アリアは驚いたように目を丸くする。

「私の……両親?」

「ああ。亡くなっていると聞いている。だから、聞くべきではないのかもしれないと思ったが……君が、どんな家庭で育ったのか知りたいと思った。」

イアンは少し躊躇いながらも、静かに言葉を続けた。

アリアは剣を軽く握り直し、思い出を語るように目を細めた。

「うん、大丈夫だよ。私の両親は、二人とも冒険者だったの。お父さんは剣士で、お母さんは後衛の補助魔法が得意だったんだ。」

「……二人とも、戦いの中で命を落としたのか?」

イアンの問いに、アリアは小さく頷いた。

「そう。街が大きな魔物に襲われたときにね。ギルドのみんなが街を守るために立ち上がって……両親も戦いに行った。でも、そのまま戻ってこなかった。」

彼女の声には悲しさよりも、どこか遠い憧れのような響きがあった。

「君は、それでも両親を恨んでいないのか?」

イアンの言葉には、彼自身の母ヴァレリアへの複雑な感情が滲んでいた。

「恨む?いや、そんなことないよ。むしろ、誇りに思ってる。だって二人とも、街のみんなを守るために戦ったんだもん。……悲しかったけど、それ以上に“私もあんな冒険者になりたい”って思ったんだ。」

アリアは微笑みながら答えた。その姿を見たイアンは、言葉を失い、静かに視線を下ろした。

「……俺は、君のように割り切ることはできないかもしれない。」

「え……?」

アリアが振り向くと、イアンは子どもたちが遊ぶ方を見つめながら、小さく呟いた。

「俺の母は、俺を守るために俺の元を去った。理由は分かっている。だが……幼かった俺にとって、それがどれだけ辛かったか、母は知らないだろう。」

「イアン……。」

「君の話を聞いていると、俺は何かが欠けている気がする。君が両親を誇りに思っているように、俺は……。」

イアンはそこで言葉を切り、首を振った。

「いや、気にするな。俺の独り言だ。」

アリアはしばらくイアンを見つめていたが、やがて迷いを振り払うように彼に歩み寄った。

「……イアン、辛かったんだね。」

アリアはイアンを正面から見据え、そっと腕を広げると彼を抱きしめた。

「ア、アリア……?」

突然の行動にイアンは明らかに動揺し、肩越しに彼女を見下ろした。アリアはそれに気づく様子もなく、静かに続ける。

「私、親の愛情をたくさんもらったから、きっと今でもそれが支えになってる。でもイアンは……それが途中で途切れちゃったんだよね。だから、代わりにはならないけど、今は私がいるよ。」

彼女の声には揺るぎない優しさがあった。

アリアの体温が伝わる中、イアンの心は静かに乱されていた。

(俺は……何を考えている?)

彼は自分の心に沸き上がる感情を必死に抑えようとした。抱きしめられた瞬間、彼女を異性として意識してしまった自分に戸惑い、動揺を隠しきれない。

「……アリア、君は……本当に変わっているな。」

イアンはぎこちなくその言葉を口にしたが、アリアはそれを聞いて微笑みながら彼を離した。

「うん、よく言われる!でも、イアンには感謝してほしいな。今は一緒にいてくれてありがとう。」

アリアの笑顔に、イアンは短く頷いた。だが、その心にはまだ抑えきれない何かが残っていた。

「さ、次は何を買おうか?ちゃんとイアンが好きそうなものも選ばないとね!」

アリアが明るい声で歩き出すと、イアンはその後ろを静かについていった。市場の喧騒が二人の間の沈黙を和らげていく。
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