魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊

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21章 街に起きた異変

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森での戦いを終え、ギルドホールに戻ったアリアとイアン。休息もそこそこに、二人はユーゴの部屋に呼ばれていた。そこではユーゴが今回の魔物についての報告をまとめており、魔物の正体やその出所について意見を求められた。

イアンは剣を背負いながら少し黙り込んでいたが、アリアがその様子に気づき、控えめに声をかけた。

「イアン、何か心当たりがあるの?」

しばらく無言だったイアンは、やがてゆっくりと顔を上げた。

「今回の魔物……その力の性質は、俺が幼い頃に見たことのあるものに似ている。おそらく、俺の母……ヴァレリアが使う魔族の技術に関係しているかもしれない。」

その名を口にした瞬間、ユーゴの目が僅かに鋭く光った。

「ヴァレリア……。魔王軍の四天王の一人だったとされる魔族の名前だな。」

アリアは驚いたように目を見開いた。

「え、四天王?それって魔族の中でもトップクラスの実力者だよね……!」

イアンは小さく頷き、続けた。

「俺の母は人間だった父と出会い、彼と共に魔王軍を離れた。だが、父が寿命で亡くなった後、彼女は再び魔族の陣営に戻ったと聞いている。」

「……どうして戻ったんだろう?」

アリアが不思議そうに首を傾げると、イアンは静かな声で答えた。

「分からない。彼女は俺を置いて魔族に戻った。俺は幼い頃に見た彼女の背中を、未だに覚えている……。けれど、彼女が魔族に戻った理由を問い詰める資格は、俺にはない。」

ユーゴが腕を組み、思案するように話し始めた。

「ヴァレリアの名は、かつての英雄たちの間でも噂になっていた。だが、私が彼女と対峙したことはない。四天王としてその名を知られる彼女は、他の魔族と比べて非常に自由に行動していると聞いていたからな。」

「自由に……?」

アリアが首を傾げる。ユーゴは懐かしそうに遠い目をしながら話を続けた。

「彼女は、純粋な支配や破壊を好む魔族ではなかったらしい。むしろ、人間や魔族の枠を超えた研究に没頭していたという噂もあった。」

「研究……?」

イアンが僅かに顔を上げ、興味深そうにユーゴの言葉を聞いた。ユーゴは頷きながら続ける。

「そうだ。人間と魔族の融合、あるいは両者を調和させる方法――彼女はそうしたものに興味を持っていたとされている。だが、その目的が何なのかは未だに分からない。私たちも彼女の行動を把握しきれていなかった。」

アリアは剣を握りしめながら、ユーゴの言葉に真剣な表情を向けた。

「じゃあ、今回の魔物も……その研究の一環で作られた可能性があるってこと?」

「その通りだ。特に今回の魔物の性質――霧のような体と再生能力。それは、かつて魔族が持つ特異な魔力と関連が深い。彼女が関与している可能性を否定できない。」

イアンが口を開いた。

「母は、俺が幼い頃に自分の研究について多くを語らなかった。ただ、父と共に過ごした時間を大切にしていたのは確かだ。だから、彼女が再び魔族に戻ったことは……信じたくなかった。」

その言葉に、アリアはそっとイアンの肩に手を置いた。

「イアン……つらいよね。分からないことがたくさんあって……。」

「俺が知る限りのことを話しただけだ。それがこれからの役に立つかどうかは分からないが……。」

イアンが自嘲気味に呟くと、ユーゴが静かに頷いた。

「お前の話は十分に意味がある。このヴァレリアという存在が、今後の脅威の鍵を握る可能性が高いからな。」

アリアは剣を握り直しながら決意を込めて言った。

「だったら、どんな真実があっても、私たちが止めればいいよ。イアン、君も一緒に!」

その言葉に、イアンは少しだけ表情を緩め、短く頷いた。

「そうだな……俺は君を信じる。それが、今の俺の全てだ。」

ユーゴも力強く言葉を紡いだ。

「お前たちの絆があれば、どんな試練でも乗り越えられるだろう。だが、ヴァレリアの行動が街やお前たちに影響を与えることは間違いない。これからも気を引き締めて進め。」

イアンとアリアはユーゴの部屋を後にし、ギルドホールの広い廊下を歩いていた。アリアはふと立ち止まり、隣を歩くイアンの横顔を見上げた。

「イアン、今まで母親のことを誰にも話してなかったんだよね?」

「……ああ。話す必要もなかったし、話してどうなるものでもないと思っていた。」

イアンは杖を握りしめながら前を向いたまま答えた。その声にはどこか寂しさが滲んでいた。

「でも、今回のことがあって、話してくれてよかったよ。私もユーゴさんも、イアンの力になれることが増えたんじゃないかな?」

アリアの言葉に、イアンはわずかに足を止め、彼女の方を見た。その瞳には複雑な感情が揺れている。

「君には……本当に感謝している。だが、俺が今も母の影を背負っていることを知った以上、危険がさらに近づくかもしれない。それでも君は……。」

イアンが続けようとすると、アリアは軽く首を横に振った。

「危険なんて、もうとっくに覚悟してるよ。私は、イアンと一緒にいることを選んだから。」

その真っ直ぐな言葉に、イアンは短く息を吐き、微かに微笑んだ。

「……そうか。ありがとう、アリア。」


その夜、物語は暗い一室に移る。薄暗い灯りの中、ヴァレリアが長い銀髪を揺らしながら、目の前の男と対峙していた。その男こそ、今回の黒幕だった。

「ヴァレリアよ。息子の動向はどうだ?」

低い声で問いかける男に、ヴァレリアは冷ややかな笑みを浮かべた。

「彼は、あの娘と共に剣を覚醒させ、力を伸ばしている。だが、あなたの思惑通りに動くかどうかは保証できないわね。」

「それで構わない。イアンはその存在そのものが鍵なのだ。彼をこちら側に引き寄せる手段は他にいくらでもある。」

「……そう簡単にはいかないでしょうね。」

ヴァレリアの声にはどこか冷めた響きがあった。男が怪訝そうに彼女を見た。

「何が言いたい?」

「私は母親として彼を見ているわけではない。だが、それでもあの子がどんな選択をするかは、私にも読めない。少なくとも、あなたの計画のためだけに動くことはないでしょう。」

「ならば、貴様が動け。あの娘を利用して奴をこちらに誘導するのだ。」

その命令に、ヴァレリアは短くため息をつき、静かに応じた。

「……分かったわ。ただし、私のやり方で進めさせてもらう。」



翌朝、アリアとイアンは再びギルドホールに集まり、これからの行動を話し合っていた。ユーゴから新たな情報が届き、次なる魔物の出現予兆があるという。

「次は街の西にある湖だ。近くの村人たちが不穏な動きを目撃している。」

「湖か……行ってみよう、イアン!」

アリアが力強く言うと、イアンは小さく頷いた。

「分かった。だが、君も無茶はするな。この剣が君を蝕むことは避けられない。その負担を少しでも軽くする方法を考えながら進むべきだ。」

「イアン……。大丈夫だよ。私は君がいる限り、どんな状況でも戦える。」

その言葉に、イアンは再び感謝の念を抱きつつ、心の中に芽生える感情を抑え込もうとする自分を感じた。

(このまま、俺が彼女と一緒にいることが許されるのか……。)

互いに抱える思いを胸に秘めたまま、二人は次なる目的地、湖へと向かう準備を始めた。
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