魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊

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31章 アトリスの廃城

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早朝のローデン。まだ眠りから覚め切らない街並みを抜けて、アリア、イアン、ルイスの三人が北東の廃城を目指し歩き始めていた。道は緩やかな丘陵地帯が続き、木々が朝陽に照らされて柔らかな光を放っている。

静かな空気を破るように、イアンがルイスに問いかけた。

「……王都の仕事はいいのか?」

ルイスは少し歩調を緩め、肩越しにイアンを見やった。

「どういう意味だ?」

「お前、テミス家の剣士としての仕事があるだろう。こうして冒険者みたいにあちこちを回っていても、誰も文句を言わないのか?」

イアンの問いに、ルイスは小さく笑みを浮かべた。

「俺には自由裁量が与えられている。要するに、どこにいようと問題ない。……むしろ、俺が誰かの指示を受け続けるほうが不自然だろう?」

「自由裁量か。便利なものだな。」

イアンの淡々とした返事に、ルイスはさらに言葉を続けた。

「お前こそ、自由だろう。……いや、少し違うか。お前の場合は、アリアに振り回される自由か?」

その言葉に、イアンは少し眉をひそめながらも返答しなかった。代わりに、アリアが後ろから声を張り上げる。

「ちょっと! 私が振り回してるなんて言い方やめてよ!」

「じゃあ逆に、振り回されているのか?」

ルイスが軽い調子で尋ねると、アリアは言葉を詰まらせた。イアンはその様子を見て微かに笑みを浮かべたが、すぐに視線を前方に向けた。

「振り回されてるとしても、それでいい。」

その静かな声に、アリアもルイスも少し驚いてイアンを見たが、彼はそれ以上何も言わなかった。

三人の旅は続く。道中の木々が次第に濃くなり、周囲の気配が少しずつ険しくなる中、アリアがふと呟いた。

「ねえ、ルイス。」

「なんだ?」

「王都のテミス家って、やっぱりすごいの? 貴族のこと、全然知らないんだけど……。」

アリアの問いに、ルイスは少し考える素振りを見せた。

「すごいかどうかは分からないが、少なくとも俺たちは王家の守護を任されている。それが建国からの役目だ。」

「じゃあ、王様とかも知ってるの?」

「当然だ。今の王だけでなく、その周囲の貴族の顔も全て記憶している。」

ルイスの言葉に、アリアは感心したように頷いた。

「すごいね。でも、そういうのって疲れない?」

「俺は疲れるとは思わない。ただ、自由が利かない場面も多い。それに……俺にはまだ使えるべき主人がいないからな。」

その最後の一言には少し寂しさが滲んでいた。アリアはそれに気づいたが、どう返せばいいか分からず、ただ小さく微笑むにとどめた。

三人が目的地へ近づくにつれ、道は次第に険しくなっていった。廃城の威圧的なシルエットが遠くに浮かび上がる。石造りの塔は崩れかけているが、その背後に広がる暗雲が、不気味な雰囲気をさらに際立たせていた。

「……あれがアトリスの廃城か。」

イアンが静かに呟く。ルイスも剣の柄に手を置きながら険しい表情を浮かべた。

「思った以上に魔力が濃いな。嫌な気配がする。」

「ほんとだね……近づく前に、少し準備しようか。」

アリアが提案すると、三人は近くの木立に入り、軽く野営の準備を始めた。夕日が沈む頃、廃城の入口までの作戦を練るために、三人でテーブル代わりに岩を囲む。

「相手が何者であれ、油断はするな。」

ルイスがそう言うと、イアンも短く頷いた。

「……だが、俺たちならやれる。そうだろう、アリア。」

「もちろん。」

アリアが力強く答える。その言葉に、イアンは静かに微笑んだ。
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