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カティア回想録
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あの時のことも、今でも鮮明に覚えています。
アルセリア王国での初めての外交に同行した日。
緊張と期待が入り混じる中、私は殿下の隣に座っていた。
そんな私に、思いも寄らぬ話題が降ってきたのです。
「そうなんですよ! その時にユーリ殿下、リディア様に求婚されたんですの!」
あの無邪気なサクラ様の一言。
心臓が大きく跳ね上がりました。
耳に届いた「求婚」の二文字が、私の中で大きく響き続けたのです。
(……ユーリ殿下が、リディア妃殿下に……)
驚きは、とても自然に装えたと思います。
「まあ……!」
そう口にして、私はゆっくり微笑みました。
けれど心の内は、ぐらぐらと大きく揺れていたのです。
◇ ◇ ◇
(リディア妃殿下……)
美しい黒髪、深い色彩の瞳。聡明で落ち着き、威厳を備えた美しさ。
あの方は、まさに王妃という言葉が相応しい女性でした。
(私とは……まるで違う)
私はその違いに、はっきりと気づきました。
リディア妃殿下のような高貴な女性こそが、殿下が求める正妃に相応しいのだと――
私は鉱石宮育ち。教養も礼儀作法も後から必死に学んだ。
生まれ育った出自の違いは埋めがたいものです。
(やはり、私は……姉姫たちと同じ道を辿るのね)
ユーリ殿下が私を引き取られたのも、他国に嫁がせるための準備――
その可能性が現実味を帯びて私の胸を締めつけました。
◇ ◇ ◇
――ならば。
せめて、殿下に余計な負担を与えぬよう、可愛い妹姫として振る舞おう。
いずれ離れるその日まで、せめて穏やかに笑顔でいよう。
そう心に決めたのです。
だから私は、サクラ様の言葉にこう返しました。
「お兄様が、王弟妃殿下に? 妹として拝見してみたかったですわね」
心を押し隠し、あくまで微笑みを絶やさずに。
妹姫として、可愛く、何も知らぬように――
◇ ◇ ◇
同時に、情報は引き出しておかなくてはなりませんでした。
サクラ様が悪気なく教えてくださる王太子夫妻との関係、過去の求婚の詳細。
私はそれを逃さずに吸収していきました。
(……もし殿下が私に何も求めていないのなら、私は十分に役割を果たせるだけの材料を集めておかなくては)
自分を護るために。
そして、もし本当に嫁がされる日が来るのなら、その備えとして――
◇ ◇ ◇
けれど今――
あの時抱えていた不安は、殿下の優しさによって一つひとつ、溶かされていきました。
私を妹としてではなく、妃として傍に置いてくださった。
憧れだったその背に、今は私がそっと寄り添っている。
(……私はもう、迷わない)
十八歳の誕生日を目前に控えた今。
殿下の愛情の深さを、私は誰よりも知っているのだから――
アルセリア王国での初めての外交に同行した日。
緊張と期待が入り混じる中、私は殿下の隣に座っていた。
そんな私に、思いも寄らぬ話題が降ってきたのです。
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あの無邪気なサクラ様の一言。
心臓が大きく跳ね上がりました。
耳に届いた「求婚」の二文字が、私の中で大きく響き続けたのです。
(……ユーリ殿下が、リディア妃殿下に……)
驚きは、とても自然に装えたと思います。
「まあ……!」
そう口にして、私はゆっくり微笑みました。
けれど心の内は、ぐらぐらと大きく揺れていたのです。
◇ ◇ ◇
(リディア妃殿下……)
美しい黒髪、深い色彩の瞳。聡明で落ち着き、威厳を備えた美しさ。
あの方は、まさに王妃という言葉が相応しい女性でした。
(私とは……まるで違う)
私はその違いに、はっきりと気づきました。
リディア妃殿下のような高貴な女性こそが、殿下が求める正妃に相応しいのだと――
私は鉱石宮育ち。教養も礼儀作法も後から必死に学んだ。
生まれ育った出自の違いは埋めがたいものです。
(やはり、私は……姉姫たちと同じ道を辿るのね)
ユーリ殿下が私を引き取られたのも、他国に嫁がせるための準備――
その可能性が現実味を帯びて私の胸を締めつけました。
◇ ◇ ◇
――ならば。
せめて、殿下に余計な負担を与えぬよう、可愛い妹姫として振る舞おう。
いずれ離れるその日まで、せめて穏やかに笑顔でいよう。
そう心に決めたのです。
だから私は、サクラ様の言葉にこう返しました。
「お兄様が、王弟妃殿下に? 妹として拝見してみたかったですわね」
心を押し隠し、あくまで微笑みを絶やさずに。
妹姫として、可愛く、何も知らぬように――
◇ ◇ ◇
同時に、情報は引き出しておかなくてはなりませんでした。
サクラ様が悪気なく教えてくださる王太子夫妻との関係、過去の求婚の詳細。
私はそれを逃さずに吸収していきました。
(……もし殿下が私に何も求めていないのなら、私は十分に役割を果たせるだけの材料を集めておかなくては)
自分を護るために。
そして、もし本当に嫁がされる日が来るのなら、その備えとして――
◇ ◇ ◇
けれど今――
あの時抱えていた不安は、殿下の優しさによって一つひとつ、溶かされていきました。
私を妹としてではなく、妃として傍に置いてくださった。
憧れだったその背に、今は私がそっと寄り添っている。
(……私はもう、迷わない)
十八歳の誕生日を目前に控えた今。
殿下の愛情の深さを、私は誰よりも知っているのだから――
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