ほとりのカフェ

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青森県三沢市は冬の寒さが厳しい。朝の冷え込みで湖面には薄い氷が張り、その上に積もった雪が陽の光を受けてきらきらと輝いていた。静寂に包まれた湖畔に佇む「ほとりのカフェ」は、その温かな空間を求めて訪れる人々で賑わっていた。

早川美咲はお気に入りの窓際の席に腰を下ろし、湯気の立つコーヒーを両手で包み込むようにしていた。週末のこの時間は、彼女にとって貴重な休息のひとときだった。忙しい工場の仕事の合間にこうして一人で過ごす時間が、何よりの贅沢に思えた。

扉のベルが軽やかに鳴り、ふと顔を上げると、見覚えのある男性が入ってきた。黒いコートを羽織り、軽く雪を払いながら店内を見回している。その顔に見覚えがあると気づいた瞬間、胸が少しだけ高鳴った。

「……翔太？」
思わず名前を口にすると、彼は驚いたように顔を向け、それから微笑んだ。

「美咲？やっぱり、君だったんだ。」
佐藤翔太だった。高校卒業以来、彼とは会っていなかった。東京で働いていると聞いていたが、まさかこんな場所で再会するとは思わなかった。

翔太はカウンターで注文を済ませると、美咲のテーブルにやってきて「隣、いいかな？」と尋ねた。その言葉に彼女は頷き、彼が席に座るのを待つ間、何を話せばいいのか考えを巡らせていた。

「久しぶりだな。」
翔太が最初に口を開くと、美咲は「本当に」と答えた。それだけで、空白の時間が少しだけ埋まったような気がした。

翔太は東京で広告代理店に勤めていると言った。都会の忙しさに追われる日々の中で、ふと地元が恋しくなり、今回の帰省を決めたのだという。

「東京は楽しいけどさ、こういう静かな場所はいいよな。」
カフェラテを一口飲みながら彼が呟く。

「ここ、いいでしょ？私の癒しの場所なの。」
美咲は小さく笑い、窓の外の湖に目をやった。

翔太はその様子を見て懐かしそうに微笑んだ。「美咲らしいな。地元に残ったのも、なんか分かる気がする。」

「私はこの街が好きなの。都会みたいに賑やかじゃないけど、それがいいんだと思う。」
美咲の言葉には、確信めいた静かな力があった。

翔太はカップを置き、真剣な表情で窓の外を見つめた。「俺は、都会に出て必死に働いて、いろんなものを手に入れた。でも、本当に欲しかったものが何なのか、最近分からなくなるんだよな。」

その言葉に美咲は驚きながらも、少しだけ胸が痛んだ。翔太にとって、東京での生活が成功だけで満たされているわけではないことが伝わってきた。

「それでも、翔太は自分の道を選んで進んできたんでしょ？それが一番大事なんじゃないかな。」
美咲はそう言って、康平が持ってきたアップルパイを小さく切り分けた。

「食べてみて。これ、絶品なんだから。」
翔太はすすめられるままに一口食べ、目を見開いた。

「うまいな、これ。本当にすごく美味しい。」
「でしょ？これがあるから、ここに通うのやめられないの。」
美咲の笑顔を見て、翔太はふっと小さく笑った。

話は自然と昔の思い出に移っていった。高校時代の文化祭や、部活での失敗談。時間が経つにつれて、互いの中にあったぎこちなさはいつの間にか消え去り、笑い声だけが残った。

翔太は別れ際、カウンターに置かれた「湖のノート」にペンを走らせた。美咲がカフェの外で手を振る姿を見送りながら、彼はしばらく立ち止まり、小川原湖を眺めた。

ノートにはこう書かれていた。

「どんなに遠くに行っても、帰ってこれる場所がある。それだけで、人は強くなれる。」

康平はノートを見つけ、静かにその文字を読み、窓の外の湖に目をやった。「ほとりのカフェ」が今日もまた誰かの心を静かに支えたことを感じながら。