ほとりのカフェ

藤原遊

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青森県三沢市の冬は厳しい。雪がしんしんと降り積もる静寂の中、都会の喧騒とはまるで違う時間が流れている。その日、小川原湖畔の「ほとりのカフェ」の扉が開き、一組の若い夫婦が入ってきた。二人は厚手のコートを脱ぎ、カウンター席に座った。

「いらっしゃいませ。」
店主の康平が声をかけると、夫婦は少し照れたように微笑み返した。

「温かいコーヒーを二つお願いします。それと、何かおすすめのデザートがあれば。」
夫の直樹がそう注文すると、康平は頷き、「アップルパイが焼きたてですよ」と提案した。

妻の麻美は周囲を見渡しながら、「素敵なお店ですね」と控えめに言った。

「ありがとうございます。こちらに来られたばかりですか?」
康平が尋ねると、直樹が頷いた。

「はい、東京から移住してきました。静かな場所で暮らしたくて……でも、思った以上に静かですね。」
その言葉に、康平は少し笑いながら「確かに、ここはとても静かです」と答えた。

直樹と麻美は、東京での生活に疲れ、自然の多い場所で暮らすことを夢見て三沢市に移住してきた。都会での忙しさや騒音から解放され、ここで穏やかな時間を過ごすことを願っていた。しかし、移住して数週間、現実は思った以上に厳しかった。

「正直言うと、まだ慣れなくて。」
麻美がぽつりと漏らす。「買い物をするにも車が必要だし、隣近所も離れていて……こんなに人が少ないなんて思っていませんでした。」

直樹も頷く。「仕事も少なくて、まだ探しているところなんです。都会と違って、求人自体が少ないですね。」

康平は二人の話を聞きながら、温かいコーヒーをカウンターに置いた。「確かに、この辺りは仕事が限られますよね。でも、落ち着いて探せば、きっと何か見つかると思います。」

その時、カフェの奥に座っていた常連の老婦人が、二人の会話に耳を傾けていた。そして静かに話しかけてきた。

「この街はね、確かに便利じゃないし、都会みたいな賑やかさもない。でも、良いところもたくさんあるわよ。」
麻美が「どんなところですか?」と尋ねると、老婦人は窓の外を指差した。

「ほら、小川原湖。こういう景色を毎日見られる場所って、他にどれだけあるかしら?それに、ここに住む人たちはみんな親切よ。何か困ったらきっと助けてくれるわ。」

その言葉に、麻美は少し考え込んだ。「確かに、都会では隣の人の顔も知らなかったですね……。」

その後、二人は何度も「ほとりのカフェ」を訪れるようになった。カフェで地元の人々と話すうちに、街での生活に少しずつ馴染んでいった。麻美は地元の農産物を使った加工品を販売するパートを始め、直樹は近くの工場で働き始めた。

ある日、直樹はカウンターで康平に言った。

「ここに来て、最初は失敗だったかもと思ってたんです。でも、少しずつ楽しいと思えることが増えてきました。この街は、時間をかけて馴染んでいく場所なんですね。」

康平はその言葉に微笑みながら「そうですね。この街は派手さはないけど、ゆっくりと心に染み込んでくる場所です」と答えた。

滞在最後の日、麻美は「湖のノート」にこう書き残した。

「三沢市は静かで不便だけど、心の奥に温かいものを感じられる街でした。これからもこの街で生きていきたいです。」

康平はその文字を静かに読み、また一組の移住者がこの街を自分の居場所として受け入れたことを感じた。小川原湖に映る夕焼けが、カフェの窓を優しく照らしていた。
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